ピップの空
オノ

ピップは空の絵しか描かない画家だ。
静物を並べられても、肖像画を頼まれても、裁判所のスケッチを
頼まれてもピップが描くのはいつも空の絵だった。
そのためピップの絵はなかなか売れず、きわめて貧しい生活を
送っていた。
またピップは食費も惜しんで青の絵の具を買っていたため、
ピップの頬はこけ、顔色は空よりも真っ青だった。
2520年、ピップの星は酸性雨と紫外線の被害で壊滅状態にあった。
苦肉の策としてその星の住人達は星を大きな灰色の膜で覆った。
膜により酸性雨と紫外線は全てせき止められたが、ピップは
空が見えなくなってとても悲しんだ。
「すいません、あなたの絵を下さい。」
ピップの家に久しぶりの来客があった。
空が恋しくなった老人が、ピップの絵を買いたいと言うのだ。
ピップはその絵を安く譲った。
「ごめん下さい、空の絵が欲しいのですが。」
今度は上品な婦人が来て、空の絵を買っていった。
ピップの絵は飛ぶように売れ始めた。
そしてとうとう画商がピップの家にやってきて、ピップに
個展を開かないかと持ちかけてきた。
ピップは二つ返事で承諾した。
「ピップの空展」は大盛況となり、ピップの絵は瞬く間に
売り切れてしまった。
「ピップ先生、もっと空の絵を描いてください。
今やあなたの絵はゴッホよりもピカソよりもモネよりも
シャガールよりもルノワールよりも、価値のあるものなんですぞ」
ピップはニヤリと笑うと、画商にありったけの青の絵の具を
買ってこさせた。
そして今度は沢山のはしごを買わせて、はしごの上にはしごを
乗せるとさらにその上にはしごを乗せて、それを天まで繋げた。
ピップは青い絵の具を持ってそれに登っていった。
ピップは膜に空を描き始めた。
太陽、雲、渡り鳥、夕焼け、月、銀河。
ピップは空について知っている全てをそれにつぎ込んだ。
晴れた青空の好きなピップが一生をかけて描いた、太陽の二つある
その空は、いつまでも人々の本当の空として、頭上をぐるぐると
回り続けるのだった。


自由詩 ピップの空 Copyright オノ 2011-02-28 14:01:48
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