美術用品のある日常
吉田ぐんじょう


午後四時
青の上から
橙や赤や紅色が
塗り重ねられてゆくのを見ながら
大急ぎでベランダのシーツを取り込む
あのうつくしい仕事をしている人が
どんな人だかは知らないが
時折
ゆるめに絵の具を溶いてしまうことがあるようだ
油断していると
ぽとりぽとりと鮮やかな
夕暮れいろの雨が降る


夜空を一直線に貫いてゆく飛行機を見ながら
あの中にいる
どこにも辿り着いていない乗客たちのこと
高度何千メートルという寄る辺ない場所で
ひそやかに前を向いて座っている
孤独なひとたちのことについて考える
飛行機に乗ったことがないためか
わたしの頭の中に浮かぶ
飛行機の機内というのは
決まって
座席の上に
無数の真っ白な石膏像が
整然と置かれている光景である


戯れにデッサンでも始めてみようかと
ステッドラーの鉛筆と
額縁とを買って帰宅した午後
少しまどろむと
いやに濃い白黒の
こわいものばかりが出てくる夢を見た
はっと目覚める
鉛筆を握りしめていた
鋭利に削ったはずの芯は随分と摩耗し
指や手首が鉛の粉で真っ黒になっていた
呆然とする
石鹸で手を洗ってから
改めて同じ鉛筆で自画像を描いてみたが
完成したものは惨憺たる出来で
顔と言うよりむしろ
腫瘍と言った方が正しいぐらいで
こういうものが
また夢に出てきてはたまらないので
デッサンを始めるのはやめにしたのだ
もしうまい絵が描けたら
飾ろうと思っていた額縁には
入れるものが無いからしかたなく
茶箪笥から
自分のへその緒を出してきて入れた
奮発して買ったいい額縁なので
意外としっくりおさまった
以来へその緒は
わたしの部屋の壁で
かつてわたしが
存在しなかった日々について
回想しているかのように
ぽつんと沈黙を守り通している



自由詩 美術用品のある日常 Copyright 吉田ぐんじょう 2011-02-21 13:40:04縦
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