110221
どのキィーでもいいのですと
演奏家のお兄さん
とびきりの笑顔を向ける
今年85歳の父が
謡いたいといい
出せない声を張り上げる
初めて聞く父の歌声
音痴ではないが
耳を塞ぎたい
まもなく気流が悪くなる模様ですから
シートベルトをおつけください
機長よりの連絡が伝わる
エァーポケットに落ちたら
困るな
知っているような小声で囁き
ハイビジョン映像を初体験した日のことを思いだす
70ミリの映画フィルムに記録されたカラー映像をスキャナーで取り込み
ビデォレコーダーに移し
そこから再生されたドキュメント映像電気信号は
三原色のレザー光に換えられ
高速回転するヘキサゴンミラーで反射され
スクリーン上を走査する
大画面の天然色映画よりも遥かに美しく鮮明だ
近未来には普及させたい
解説する研究員が熱く語り
その記録されたステージで謡い踊るアイドル歌手のしなやかな肢体が
永遠の美を賛美する目が眩むオーラを放射して
足を止めて息を飲んだ
この七月になると捨てられる予定のCRTテレビ達の未来はあるのだろうか
まだ使えるのにとエコポイントに目が眩み買い換えが促進され現在準備は整いつつあるようだ
街で腕にハートの刺青をした男とすれ違う
バラ色ではないが落ち着いた生活をしているような顔をして
少しも屈託がない
既にハイビジョンも死語になったのだと悟りエンターキィーを押し
日中の気温は一五℃くらいまでになる予報ですと
爽やかな顔をした朝刊を取りに行く
「poenique」の「即興ゴルコンダ」投稿作。
タイトルは、ミチヨさん。