雨の後
ズー

雨が降った。わたしは雨の足に圧迫された。爪先から踵まで力に満ちた足は、わたしの体に、触れず、目の前を塞いでいく。雨水の、どの部分も干からびていて溢れてくる。一粒でも零れると、それは止まらなくなり、旱魃をおこした土に吸い付いていった。後に残されたものは、わたしだけだ。雨に濡れることもなく、間抜けなままの、わたしだけがいた。



「生まれただけのお前が私を忘れていく時に雨音を立てた。その音に、体を与え、頭を乗せ、手足を揃え、血を通わせた。お前の為に降り、お前の目の前に降り、お前を踏み潰すだろう。お前の隣に居座り、声を発するだろう」

「耳を差し出せ」
「少しだけ濡れるぞ」



男の声が聞こえてくる
足首を切り落とした男の声だ。わたしの耳を握っていた。

「側まで寄るが、触れることはねぇなー」
喉元がいやらしい。
「お前は見たことが無かったのか」
口元がいやらしい。
「はじめましてでも無かったよな」
吐く息がいやらしい。

わたしの耳をいじくりながら、切り落とした足首から先を押し付けてくる。
いやらしい男だ。

きっと、足首から先は男の中で、もっとも、いやらしい部分なんだ。切り落とす事が、もっとも、いやらしい行為なんだ。腐臭を散らす、果実のように、もっとも、いやらしい味なんだ。

わたしには解っていた。
この男はわたしを愛している。それを知らずにいる。知らずにいるから、こんなにも、いやらしく、生きていられる。
わたしには解っている。

押し付けられた。
足首から先はわたしの腕の中で眠りについた。
まるで、
「赤ん坊のようだな」
いやらしい声で男が言う。腕の中の赤ん坊?
赤ん坊がわたしの
赤ちゃん、だとしたら
目覚める事があるのだろうか、目覚めたら動くのだろうか、動くのなら何か食べるのだろうか、お腹が空いたと泣くのだろうか、泣いた後は笑うのだろうか、
それから、後には、
笑った後には、
何を求めるのだろうか。



男がわたしの目の前を塞いでいて、手には、わたしの耳を握っていた。
わたしに触れず
わたしを押し潰すような
雨が、降ってきた後に
残されたものは
わたしだけだった。



腕の中でわたしの耳が
蝸牛のように
油を売っている。


自由詩 雨の後 Copyright ズー 2011-02-16 21:27:50
notebook Home