生じるゼロ
ホロウ・シカエルボク
温度差が酷い、オレは上着をたくさん着込んで新しいフレーズをモニターしている、時々モールス信号のように脳裏に忍び込む信号は一度話したことを繰り返し語るばかりで
オレは冷蔵庫から冷えたミルクを取り出し紙パックに口をつけて何度か飲む、湿ったパックが舌先に触れて、まるでパピルスを犯しているみたいな気分になる、「加工されて、オマエはどんなものとも上手くやれるんだろう、文学とねんごろだったあんなひとときは、もう二度とやっては来ないのかい?」
温度差が酷い、温度差があり過ぎる、オレは凍えたり安堵の息を漏らしたりしている、ソファーにもたれて新しいフレーズをモニターしている、新しいフレーズ、それはまるで流れ星のようだ、こんなものに何の意味がある、こんなものに…
頭を抱え込む時代は終わったのさ、定義出来ないものはそのまま捨てておいたが勝ちだ、意味なんか理解出来なくたっていくらでも受け止めているものさ
時計が回るみたいに詩が繰り返す、アラウンド・アンド・アラウンド、一度書いたことを忘れてしまったりしないよ、ほんのわずかだけ形が変わっているかどうか、多分そいつが重要なことなのさ
一日の終わりに新しい温度差がやってくる、それは何かを求める者にしか訪れない種類の温度だ、暖かくもなく、寒くもない…「第五の季節」とオレがそう呼ぶ温度
その温度がどのくらいの温度なのかオレには見当がつかない、オレは零度のことを考える、零度、あるようなないような、あいまいなイマジンの温度、昨日死んだ人について語るみたいな…
ゼロ、という言葉にこれからを張り付けるやつはあまり居ない、それはどちらにもいけるものの筈なのに…(あるいはすべてを飲み込んでしまうのか?)
なにもなくなるのが怖いのか、なにもなくなるのが?その前にオマエは、なにかであったことがあるのか…?オレはもう一度冷蔵庫を開ける、紙パックの中のミルクをすべて飲み干す、ゼロだ―それがミルクという単位についてだけのことなら―オレは紙パックを踏みつぶす、殺すぐらいのつもりでさ…犯した女を絞めるように…絞殺の幻想、絞殺の幻想だ、紙パックの断末魔、紙パックの頸椎がオレの手の中で軽薄な音を立てる、死んだ、コイツは死んでしまった…!
オレはごみ箱にそいつを捨てる、そいつは痛みに身をよじりながら死んだような形をしている、あー、弔わなくっちゃ…オレはマッチをこすりごみ箱の中に放りこむ、でもそれはすぐに消えてしまう
水分が多すぎる、燃えようとしてる火をあっけなく消してしまうほどに…オレはオマエを送れない、オレはオマエを埋葬出来ない、オマエの身体は燃え上がることはなく、そして醜悪に腐敗することもない…はるかはるか先へ、長い長い時間が過ぎてしまうまで、オレとオマエノ死の単位が同じになることはない、そしてパピルスの陰核は、もう二度とオレを惑わせたりすることはない
温度差が酷過ぎるんだ、オレは新しいフレーズをモニターしている、モニターは煙を上げ続けている、まるで何度も蘇生させるみたいな作業だ、蘇生させるのに作業が必要だということは、どっちにしたって手遅れはすぐそこまで来てるのかもしれないな…オレはもう一度冷蔵庫を開ける、冷蔵庫の中にもう冷えたミルクはない(ゼロだ)、喉の渇きを癒してくれるものはそこにはもう何もなかった、オレは蛇口に口をつけて水道の水を飲む、水道の栓をひねり過ぎて犯されているみたいな気分になる、そんなイメージは渇きを癒す役には立たない、オレは両手で蛇口を掴み、渾身の力を込めてそれをひん曲げる、根元のボルトが外れて水が漏れ始める、それはゼロなのかあるいはマイナスなのか…?また、また、また、水が溢れだす、水分が多すぎる、どんなものにも火がつくことがない、誰も埋葬出来ない、もう、誰も…オレは冷蔵庫を殴りつける、温度差が酷い、なにもかもが酷い、なにも埋葬出来ない、声に出して泣くことが出来たらどんなに楽だろう、オレは冷蔵庫を殴り飛ばした、体力と気力がゼロになるまで…
オレは新しいフレーズをモニター、しながらゼロになって眠りこんでいた、冷蔵庫はなにも言わずにそんな俺を見下ろしていた、「なんだよ」とオレはヤツに話しかけた、ヤツはやっぱり何も言わなかった
オレはヤツにもたれながら立ちあがり、節々が痛む身体をこらえてヤツの扉を開けようとした、どこかに歪みが生じたのか、扉は軋むだけで数ミリも開くことはなかった、モーターの音が低く、まるで内側から扉を抑えつけてるみたいに唸り続けていた………………………
………………………ゼロだ。