舟を漕ぎおわって陸地にたつと
石川敬大




 ゆうべはねむれないまま舟を漕いだ
 ねむれないまま舟を操り蘆を払って湖沼をすすんだ

 朦朧とねむれないままもとの舟着場にもどる
 と、先がみえない霧のなかを漂流していたことがわかる
 つまり
 めざめていたのでも
 ねむっていたのでもないことが

 草木もねむる三時
 うしみつどきの草木のねいきが
 湖沼の水面をわたってくるようだった

     *

 地球の裏側のオフィスで
 公園で、地下鉄のホーム、コーヒーショップで
 あるいたり/たちどまったり/坐って
 頬づえをついたりしている
 見知らぬおんなたちのことをおもう

     *

 三時というのは真夜中
 かぎりなく朝に近いまだあけない夜中

 新聞配達員のけはいが
 バイクに乗って近づいてくる

 トイレからもどる
 と、ぼくは
 精神安定剤のコンスタンを服用して
 ふたたび舟に乗りこむだろう

     *

 水のねむりを斬り払って陸地にたつ
 ぼくは
 雨戸をひらいて朝陽を浴びる
 そのときも
 漢方薬ではなく
 成分によって加工されたねむりからの帰還は
 崩れかけた泥舟のように難儀する
 





自由詩 舟を漕ぎおわって陸地にたつと Copyright 石川敬大 2011-02-11 18:26:18
notebook Home 戻る