フェリー埠頭にて / ****`04
小野 一縷
黒く輝く夜
遠く白亜の列柱が順次砂時計の白い砂のように崩れ流れる
流れる白い粉
その冷たさに打たれる 雪遊び
子供たちの数え歌が懐かしく頭から湧いて口先に零れる
まるで童心だ しかし
氷山から手足の千切れた人体が転げ落ちてくる
不吉な夢想だ 拭えない不安が現出している証拠だ
ぐしゃりと潰れた顔の老人
踵の曲線ような老婆
爪先の間のムクレのような太い女
手の小指が信じがたいほど細い少女
右肘の折檻で負った火傷を隠す少年
何もかも倦んでしまった中年
何もかも欠落した青年
そんな連中が頭の中で暮らしてる
藍色の夜の満ち引き 夜の幕の波
容器の縁に吸着するタール
泡が次々割れて 吸い込まれる青さ そのもの
即 吐気がする 悪い顔色
丸呑みした肉 ガム 胃薬 胃散を
ジュースが甘苦く浸している それを車外に吐瀉する
スッキリする 心地好くなる 口の中が酸味で臭う
海の遥か彼方 何処かの町が砲撃されている今頃
水平線に並んで灯る光が遠くに揺れている今
港の駐車場で 分かれた枝のトップのバッズをもう一塊 車内で入れる
今度こそ青い吐気に耐えながら 30秒息を止める
受容体に取り込まれるTHC
確実に一時の平穏が非日常的に訪れる瞬間は
奇跡的な一瞬といっても実際差し支えない
肉体のその驚きが まだ新鮮なうちは
ニコチンを摂る
微かで軽い眩暈が心地好い
祖父はエコーを吸っていた
「イイ子」と その煙草の名を教えてくれた
その祖父は28年前に亡くなった
戦中を兵士として生き抜いて
平和な時代に肺癌で死んだ
赤い火が滲んでは消える
海は揺らめきを見せない ずっと黒く沈黙している
船に乗って この海を越えたい
海の向こうはもっと秋の紅い軍が侵攻しているはずだ
ずっと連なる雲は山脈のように彼方の陸地まで続いている
夜空の暗い雲が冬へとずっと繋がっている
冬に生まれたので
実際より冬というイメージだけは嫌いじゃない
車内に突如昇る陽炎は無色透明な有機化合物
それらの脳内化学的反応により 瞳孔は真円の面積を広げる
その拡散率に比例して意識は冴えてゆく 広く深く
一人 二人 何人か 鉄柵にまた腕を預けている
遠く皆 沖を見つめている 恋人たちもいる 子供もいる
21:49
夜としてはまだ早い 窓を開けると肌寒い すでに皮膚感覚は鋭い
あと一ヶ月半で この街に 冬が訪れる
この街は 冬そのものに 灰色に埋もれる
そして訪れる者は殆どいなくなる
都会からこの街へ帰ってくる者は大抵文字通り
都会に呑まれて吐き返された敗北者だ
分類上化学物質のあれこれが この心身を変質させた
お陰で30歳を過ぎても精神が完熟しないまま分類上大人になった
船が時計回りに回転する 入港だ
一体何人の人が この街を初めて訪れるのだろう
この街の灰色の実態を
明らかに街に溢れる老人と寂れた商店街が色濃くしている
排他的な地方特有の訛った会話が そこら中に厭らしくくすんでいる
明日は医者だ
先生 貴方の診断書より
この詩や散文のほうが病状を大いに言い当てる
ずっとリアルだ
何もすることが無いというのも贅沢だ
呼吸のみしている自分に たまに気付く
時間が売れるなら 大方とっくに売り払って
小金持ちになっているはずだ
無駄な時間の経過というものを こうして記してみると
元が元だけに やはり こうして駄文になる