<閑 話 休 題> 4 NHさんの訃報に接して 
るか

 NHさんの訃報に接して

 「こうしん君こうしん君、今朝のニュースみた?」
 わたしの友人・若きマルクス主義者の、彼谷行進(
かなたに・こうしん)くんのアパートのドアを叩いた。
こうしん君は寝起きだというのに親切にわたしを迎え
てくれた。
 「みたよ、」「連合赤軍という団体の、NHさん、と
いう方が、亡くなったらしいよ。」「うん、」
 こうしん君は穏やかな表情を浮かべていた。わたし
はてっきり、NHさんは、こうしん君の仲間だから、さ
ぞショックであろうと踏んで駆けつけたのだった。こ
うしん君はいつものように、コーヒーを落としながら
、大日本ポストモダン・ミーハー主義者たるわたしに
も分かりやすい、噛み砕いた解説を施してくれた。
 連合赤軍は日本の新左翼党派のひとつで、1971
年の7月に結成された。連合赤軍事件とは一般に、山
岳ベースでのリンチ事件とあさま山荘事件を指してい
うらしい。これら一連の事件を境として、日本の新左
翼運動は国民一般の信頼を一挙に喪失し、追い込まれ
た運動は虚しい内ゲバ(内部ゲバルト。ゲバルトは、
暴力)の反復という最終局面に入っていく。亡くなっ
たNHさんは、連合赤軍の最高幹部の一人であり、十数
名の仲間の命を奪った凄惨なリンチ事件の責任ありと
して死刑が確定、服役していた。
 新左翼とは前述の通り、スターリン批判の前後から
、ソ連に代表される旧左翼の方向性への批判から生ま
れたマルクス主義の潮流である。日本の新左翼は大き
く分けて二つの流れがあった。一つは革共同(革命的
共産主義者同盟)系であり、いまひとつはブント(共
産主義者同盟)系である。新左翼諸党派は離合集散を
繰り返し、無数の党派が発生していたのだが、そのな
かで特に武装闘争・蜂起を主張したのが、後者のブン
ト系の中から現れた赤軍派であった。創設時の議長は
塩見孝也で、よど号ハイジャック事件等の責任を問わ
れて20年近く服役したのち、現在は出所して元気に
活動中である。ミクシーにも筆まめに日記を書き、わ
たしのマイミクでもある。近況は存じあげないが、少
し以前は西友の駐車場の警備員として働いていたはず
だ。
 この塩見孝也ら赤軍派幹部の逮捕をへて、弱体化し
た党派のなかからより武装闘争路線を徹底するという
過激化が生じて、連合赤軍と日本赤軍というふたつの
党派が生まれた。日本赤軍はパレスチナに渡って結成
されたもので、現地で義勇軍的に活動、パレスチナ人
民の深い信頼と尊敬を受けた。メンバーは「テロ」事
件のため国際指名手配され、先般、最高幹部であった
重信房子が逮捕されている。国内に残った者が連合赤
軍を結成し、事件に至ったのである。
 「こうしん君、ぼく、マルクス主義って、愛と平和
のイデオロギーだと思っていたよ。そんな事件を起こ
すなんて、どうなってるの?」わたしは尋ねた。
 「んー、マルクス主義は愛と平和のイデオロギーだ
よ。亡くなったNHさんの胸中にも、愛と平和の情熱が
漲っていたであろうことを、わたしはとりたてて疑お
うとは思わない。」そういって、こうしん君はコーヒ
ーを口に運ぶ。長い冬も終わりに近付いている。空気
に少しだけ春の匂いが、している。
 「愛と平和を追求した結果が、武装闘争路線であり、
仲間へのリンチだったということ。これが思想という
ものの恐ろしさですね。哀しさでもある。だが、そん
なふうに人を生かしもすれば殺しもすることが、思想
というものの生命の証でもあると思うんだ。ポストモ
ダン・ミーハー主義者たる渡部くんには、理解できな
いかもしれないね。」
 わたしは何か、自分が、檻の中に閉じ込められた小
動物のように感じられた。
「赤軍派は、どうして、ハイジャックをしたり銀行を
襲ったり、警察署を襲撃したりしたの?」
「まず、資金集めということがあったね。活動には何
よりも資金が必要。警察を襲ったのは、武器を奪って
武装するためもある。」それ以前から、新左翼諸党派
は、ヘルメットをかぶり角材(ゲバ棒)を持ってはい
たが、これだとあっさり機動隊にやられてしまう。せ
いぜい、火炎瓶や投石を用いるのが関の山であった。
赤軍派は銃火器による武装や時限爆弾の使用などを主
張していた。
 「今となっては想像しにくいかもしれないが、当時
の彼らは、すぐそこに革命の日、資本主義の終焉の日
が迫っていると信じていたんだね。革命戦争の導火線
に火をつける、そのための蜂起を企図していた訳です。
これを前段階蜂起といいます。」
「なるほど、前段階で蜂起はしたけれども、あとに続
く段階は存在しなかった訳ですね」「そういうことに
なります」がああん!
 淡々と、こうしん君は語る。こうしん君のアパート
の部屋にはいつも、コーヒーのほのかないい匂いがし
ている。
 
 


散文(批評随筆小説等)  <閑 話 休 題> 4 NHさんの訃報に接して  Copyright るか 2011-02-06 23:22:57
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