君は引鉄を引きたい
ホロウ・シカエルボク
夜は流れてゆく時に
昨日の温度を連れてゆくから
君は目を閉じて
手足をいっぱいに伸ばしているといい
送り忘れたメールと
入れ忘れた予定のことは
もう、とりあえず
気にしなくていいから
低い雨雲の上を
飢えたひとの心が
ナマズのように進行していく
出口を探してるみたいに
時折覗く月が
そいつに
妙に綺麗な装飾を施して…
言葉が途切れるとき
君は本当に詩人
言葉が途切れるとき
言葉が君からいなくなるとき
遮光カーテンを滑らせて
君はアンコールを拒否する
ショーに慣れた観客たちは
それを良しとしない
君が諦めて出てくるまで
客席に腰をおろして帰ろうとしない
君はトンプソンM1短機関銃を手にして
彼らがそれが本物かどうかと考えているうちに
(あるいは玩具を使った幼稚な演出だと笑っているうちに)
見事な腕前で彼らの頭を次々と破壊していく
バーン、バーン、バーン
君の耳にまで
まだ撃たれていない人たちの悲鳴は届くことはない
それが重火器というやつの素晴らしいところだ
なにもかも、なにもかも
硝煙と血しぶきの向こう側さ
劇場には甘い臭いが立ち込め
ブルーの椅子は真紅とのまだらになり
煙は次第に晴れ
君は君がもたらした死を目の当たりにする
クラッカーを何百発も鳴らしたみたいに
眼球と脳漿と肉片が散乱している
ヒャッホー
君は勝ちどきの声を上げる
いったい何に勝とうとしていたのだろう?
アンコールを拒否したギャング
君はいつかきっとそんな風に名付けられることだろう
君は目を閉じて
手足をいっぱいに伸ばしているといい
その思いが、その心が
どこか遠くに飛んで行ってしまわないように
君の機関銃はいつか本当に誰かの生命に到達するだろう
君は目を閉じて
手足をいっぱいに伸ばしているといい
ベッドの上で野垂れ死にしたいつかの君が読む下手な詩篇
潰れたゴキブリのように天井に貼りついている
それは君のこめかみに新しい銃口を突き付ける、そう
綺麗に油を指して磨いた上等の銃
そいつは君に「忘れるな」と言いたいのだ
そして君が
もっと激しい火薬に手を伸ばすその時を
今か今かと待ちわびているのだ
静かな日付変更線の匂い
誰かが鼻歌を歌いながら窓の下を通り過ぎる
野良猫は空家の屋根にばらまかれた御馳走のために
その日一番の跳躍力を発揮する
繋がれた犬は犬小屋の中で
首輪のない自分の夢を見る
橋の上の鳩は迂闊な真似をして
80キロで北へ突き抜けるオデッセイの餌食になる
誰かの焦燥が精神異常者の持つ包丁に集約されて
もしかしたら誰かの肉体に致命的なまでに突き刺さる
だって夜は流れてゆく時に昨日の温度を連れてゆくから
君は出来るだけ早く眠ろうと試みている
ちょっと神経質過ぎて見えるくらい何度も
携帯電話のアラームの設定を見直している
そして眠りについたらついたで
何度もそれを中断して小便に行く
深夜のトイレに腰を下ろすと
自分自身までが渦になって流れ落ちて行くような気がする
君はチャップリンのように下水管を見事なフォームで滑り降りて
どこかのマンホールから気まぐれに顔を出す
そして
トンプソンM1短機関銃を手にして
正面からやってくるヘッドライトを片っ端から撃ち抜いてゆくのだ