ユートピア/うさぎのようにあなたは
茶殻
腕を見付けた石膏像たちが安堵して眠る夜に、うさぎのようなあなたはうさぎのよ
うにフェンスの向こうを見ている。時差の向こうでは冷たい水を飲む長髭の数学者、
僕たちは精密に一四四〇分を刻み終えようとする金曜日の瀬戸際で、しめやかに放
物線の底に落下した真珠の発熱を手にする。退屈なメタファーのものではない、そ
っと笑い隠された前歯、耳を澄ますまでもなく壊れる音は止まない。たとえば大人
のためのおもちゃ、サブレ、石鹸、ランプ。うさぎのようなあなたのために作られ
たものひとつひとつがうさぎのような足跡の上で散っていく。
愛のためじゃなくても泣くことは出来る、パンク・ロッカーはいつの世も喪失に敏
であるし、詩人が少なからず敬愛されるべきだなんてまったくもって倒錯甚だしい。
映画館に捨てられた紙くずは青いツナギのオバチャンが拾い集めて、ヤギのような
誰かに与えられる。もちろん、それは詩碑たりえない。レタスでできた朝、なんて
とても気持ちのいいものだけど、ポタージュが付いていなければそれも物寂しい、
ましてナプキンが映画館に落ちていたものだとすれば尚更ね。
ルーシーのそばかすにはひとつひとつ名前が付いてるんだよ
カペラ、プロキオン、シリウス、ポルックス、…
ミルキー・ウェイを指でなぞると
クラムチャウダーの温度で僕たちは分かち合うのさ
ずっとなりたかったもの、音とか風とか煙とか
売約済みのそいつらを捕まえに行こうよ
ロード・ムービーばかり飽きず見ている、すべてのことばが何かの始まりのように
背骨を撫ぜる。本当に、本当に殴られたいと思ったこともあるけれど、躾もろくに
受けなかった僕としては具体的な拳骨の痛みもよくわからない、というか知らない。
撫でていれば愛、というほど安いものでもないんだろうね、生き物は逃げた、愛玩
用の動物達がいっぺんに放たれたら、街は酷い臭いだ、酷い喚声だ、酷い酩酊だ、
そうすれば僕らが旅に出る理由が出来る。わかりきってる、痛いのなんていやだ。
けれど痛覚は大事にとっておきたい、それも酷いわがままかもしれない。
うさぎのようなあなたが安堵して眠る夜に、僕もうさぎのように十二時を跨ぐ、歯
も磨いたし、爪切りもしたし、毛繕いもした。野禽の飢えを掻いくぐる、何と言う
ことはない、禁猟区と決めたのは僕なんかよりずっとずっと偉い誰かだ。奴は今ご
ろシーソーに乗って演説の準備をしてる、幸福を叫ぶ、僕はこんなにも幸福だから、
君もそうなればいい。産まれる場所を間違ったとして、生きる場所に気付くまでは
うさぎのように眠るしかない。温かいスープを火にかけて、ミルクの匂いがわかる。
そういうものが僕たちを惑わしているなら、シーソーの反対に座って、うさぎのよ
うにぢっとしてればいいんじゃないか。誰も銃なんか持たない、頭の壁でずっとヤ
モリがひっついてる、求愛の踊りも忘れて、うさぎなんかどこにもいやしない。