羊・風車・深海魚
小林 柳
バスは砂の街を過ぎた。
撒き上がる砂埃に、窓の外側がざらついている。広い道路が先細って、地平線へ続くのが見える。
小さな土煉瓦の集落が、前に現れる。薄汚れた数頭の羊が、崩れ落ちた土壁に囲まれ、動かない。数軒の低い家が、後ろに消えていく。また小さな集落が、現れては消える。
トラックとすれ違うと、人の気配がする。今頃は、人の灯りへと急いでいる頃だ。
このバスは違う。 そこから出発したからだ。
名前のない土地に、白い風車群がそびえる。病にかかった木々のように。そこに立つ意味を、待ち受けるように。
この場所には終わりがない。変わらない風景が過ぎては、現れる。
過ぎては、現れる。過ぎ、現れる。過ぎ…
やがて陽が落ちる。午後の陽と埃を被り、全てが黄土色をしている。
そして徐々に
広がる
夜。
枯れ木は枝を空へ伸ばし、夜に刺さっている。海に沈んだ、砂漠の夜に。
外に人の姿はない。車内では、深海魚のように人々が眠っている。
二筋のヘッドライトが届かない深みへ、波のない底へ、バスは潜る。
静かに窓を開けると、凍った風が氷のかけらを残した。
それをひとつ口に含むと、いっそう寂しい。
吹きこむ砂粒は止まない。
粒は体の空洞を抜け、底へ落ちてゆく。
鼻腔から肺を抜け、暗い奥底へ積もってゆく。
その砂は散らばり、透明な砂漠が広がる。
病気の熱帯魚が一匹、そこで泳いでいる。