烏賊は少女じゃない
ayano
見た目は女の子だけど、食べたらきっとおいしいからね、と知り合いから烏賊をいただいた。半ば強制的に渡された発泡スチロールの中に入っていたのは、本当に少女の烏賊だった。見た目は女の子だけど、の「だけど」という否定的且つネガティブな表現をした知り合いに疑問を抱いたが、まあ女の子が可愛いという俺の感覚をその知り合いは持っていないようだったから仕方ないと考えを放棄した。外見内面すべてそろって女の子と言いたいけれど、俺は見た目だけが女の子のそれを何と呼べばいいか分からなかった。横たわる彼女は発泡スチロールと同じ、白色をしていた。もちろん裸体、挿れる穴だってある。なんの躊躇もせず、くたくたの体に手をつけていたのだ。念入りに調べたというか意識のない女の子をセクハラしている気分だった。裸体なんて最近触っていない。常時裸の烏賊を、そのときばかりは人間のように扱おうと決めた。胸も小さいながら存在しているので、手触りはにるにるしてるものの、触った瞬間になんだかいやらしい気分になってしまった。触ると俺から逃げるように自身の体を滑らせたのも、すごくいやらしかった。本来なら犯罪として捕まることを、赦される立場で、その行為に特に罪悪感はなかった。感じる必要性も見出せなかった。なぜならコレは人間じゃないから。
発泡スチロールから彼女を抱き上げて、寝室へ連れて行った。烏賊に対して俺は、とうとう本気で欲情してきたのであった。手足が細く、白い。なんとなく変色していることには気づいていたけれど、どうせ独り身の自分が後々ひとりで食べるなら、不味くても構わないと思った。この高ぶりを伝える術が無いという状況下で、ベッドに押し付けた烏賊の首を思い切り絞めた。きゅうと音がした。死んでいるはずのコイツは鳴いたのだ。ぐぐぐぐぐ。ベッド色に染まるようにコイツの体が色を変えるのにさらに興奮を覚えた。両手を首から外し、次は開かない目を無理やり開いた。大きな眼球を持ち合わせているくせに目を開かないのはとても勿体無い。そう思った俺は瞼の部分を引きちぎって使えない眼球を外の世界に晒した。くりくりの目に、見えないであろう目に、俺はそっと舌を這わせた。引きちぎったそれをガムのように、ここから先ずっと噛んでいることをここに一応示しておく。
しばらくして。時間が経っても欲情し続けていた俺は、欲望のまま烏賊に自身を宛がった。さすがに躊躇した。死んだ人間ならまだしも、烏賊と性行為をしてしまう自分はもう普通じゃないんだと、ほんの理性が保てていたから。意識が――たとえば死んだ魚のように、海に急浮上するように――空気を吐き出して。そうやって烏賊に挿入したときの心持ちは晴れ晴れとしていた。陽に照らされているのに、枯れることのない曖昧さも携えたような。自分のわずかな息遣いしか聞こえない状態で、うわの空だった。気付いたときには思い切り精液を中に出していた。死んだ少女とセックスしているのと何が違う。何もかも違う。違わない。ただ、永遠に孕まない。
出してから一息ついたところ、理性が戻ったところで俺は彼女の異変にやっと気づいた。から黒い液体をこぼしていた。すうすうと黒い液体を出していた。イカは自分の身を守るために墨を出すのだと、幼少期に図鑑で見た覚えがある。俺は敵じゃないよと言い聞かせるように黒くなってしまった唇を撫でた。精液を注いだ分だけ墨が吐き出されているようで嬉しくなった。彼女の体の容量は限られていて、その容器の中に少しだけでも俺の痕跡があるのなら。俺は彼女の白い体を抱えて、キスをした。ふたりで黒い唇になった。唇は眠りにつかないから、きっとこの黒は消えてしまうから。どうせ俺はコイツをどうにかして処分するから。そのままこの子の隣で倒れこむように眠りについた。
その眠りの中で、キスを幾度も重ね彼女を足先から食べる夢を見た。
胸がしめつけられたのは、彼女の綺麗な足だと信じようとしている。