帰郷
月乃助

看板ばかりが大きな
古ぼけたシェブロン 
停留所のサインも なにもないそこに
長距離バスがやってくる

テール・ランプの冷たい光りの帯
夜の街は、行き場を失った静けさに満たされ
月の光さえも灰になってしまうから
指の間にたまっていく悲しさに 小さく息を吐く

重そうな鞄を手にし
女がひとり待つ
持ってきたものは、すべてガラクタばかり
思い出はみんな家に置いてきた

それなのに大事そうに、
少し意地になって鞄を下に置こうとしない

ヘッドライトの片方壊れた車が
無機質な液体で満たされる
まだ、おまえは走らされる
本当に必要なものなど、ここでは与えられないはず
手に入れることなどできはしない
けれどもみんな繰りかえす
それしか方法がないかのように

つぶれてしまった自動車会社の大きな車が
街灯のしたにあらわれる
疲れた音をたて
女を値踏みする男の狡猾そうな赤い笑顔
― どこまで行くんだい?
― Tokyo。
― Tokyo?こんな時間に空港かい。
  途中までなら乗っけてやるよ。乗るかい?
― ……
  バスを 待つわ、もうやってくるはず。

行き先を求められるのには、慣れている
たとえ行き先など決まっていなくても
適当に答えてきた それで許された

誰かが迎えにくれば、何も言わずに帰っていくのだろうに
無言の想いを今来たところに置き去りにして

もう なにもかも
終えてきたはずなのに

でも、
もし
次に車が止まったら
乗っていこう
行き先は、知らぬ間に決まっている
乳飲み子のように何も考えずに
ただ、さらわれていくだけのこと






自由詩 帰郷 Copyright 月乃助 2011-01-30 06:50:33
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