ドクターストップ
三条麗菜
歴史を変える力などない
わたしたちは
ただ愛し合うしかないのです
隣で眠るあなたが
普通ではないうなされ方をしたので
わたしは思わず手を取り
脈をみました
診療の時間は終わりです
あなたはもう
身がまえなくていいのです
わたしは耳元でそう
ささやき続け
あなたの手を胸に抱きました
体を回復させる者の
言うことならばきっと
あなたの奥深くに蠢き
爪を研ぎ続けるあの獣も
聞いてくれることでしょう
目を閉じれば
しなやかでばねのような
あの脚が見えるのです
あなたの中の荒野を
駆けていた獣は
雲の陰からそっと見下ろす
わたしの目にも
気づいていることでしょう
わたしの目は
雲にまぎれつつ
あなたの空を漂うのです
ルドンが描いた
黒い気球のように
この地に
花が咲くことはないでしょう
でも雨を降らせることは
できるはず
あなたの体にいくつもの
口づけを浴びせて
雨よ降れ
雨よ降れ
雨よ降れ
それは川になり
荒野を削り
山と谷をつくり
木々を生むでしょう
ドクターストップを
わたしが言い渡しました
歴史を変える力などない
わたしたちは
ただ愛し合うしかないのです