少年は、そのベッドに他人が寝ているような気がした
真島正人
少年は、真夜中に目が覚めて
自分がベッドでは
眠っていないことに気がついた
ベッドではなく、
床に寝そべって
眠っていたのだ
ゆっくりと
体を起こし
まなこをこすって
ベッドを見る
柔らかな
シーツのへこみ
誰かが
寝ていた
痕跡
おそらくは
いいや、
絶対に
先ほどまで
自分自身が
そこに寝ていたのだ
その痕跡は
自分自身のもので
ただたんに僕は、
ベッドから
いつの間にかおちていたのだろう
わかりきっている
はずなのだが少年は
そのベッドに自分ではない
誰かが
眠っていたような気がした
自分はその誰かの
身代わりとして
ここで目が覚めたのに
過ぎないのではないのか
少年は
あくびをして
頭をかき
馬鹿馬鹿しいとつぶやいて
シーツを
めくった
そこにあったのは
やはり
空白だった
でも少年はそこに
ブラックホールのようなものが
存在しているような気がして
急いで
シーツを
元に戻した
シーツは動かない
そこには
何もいない
少年は
深呼吸をして
もう一度
シーツをめくり
今度は目を閉じて
シーツの中にめくりこんだ
ひんやりとした
ベッドの感触が
少年をやさしく
包み込み
そこには
いかなる
違和感もない
それでも少年は
先ほど見た空白が
そこに人がいた
証拠であるような気がして
ならなかった
空白は
そこにいた誰かが
いなくなることで
初めて生まれた
空白で、
言葉を持たないが
何もよりも雄弁に
語りつくす
存在であるように
思われた
空白が
体のどこかを
持ち出してしまわないよう
少年は
こぶしをぎゅっとつくって
眠った
眠りの中で
空白は
空白という形を
していなかった
空白という形をしていなかった
それは
うなり声を
あげていたような気がした
やがて朝が来て
目覚めると
カーテン越しに
差してくる
日の光が
少年の部屋の
細かい埃を
浮かび上がらせた
ベッドから
身を半分起こして
その埃を
眺めていると
ふいに
体のシーツの隙間の空白から
しわくちゃの手が伸びてきて
少年の心臓をつかんだ
少年は
驚き
気絶しそうになったが
その掌は
暖かく、
とても暖かく
柔らかであり
少年の心臓を
やさしく
やさしく
握り締めていた
少年は
ため息をつき
動かなかった
長い、
時間が経過して
母親が
ドアをノックする頃
しわくちゃの手は
日差しの中に溶けるように消え去り
そこには
少年と
彼の体に残った
暖かい熱だけが
あった