受話器の雨
たもつ
会社の電話が鳴る
受話器を取ると
雨音だけが聞こえる
すぐに父親からだとわかる
何の前触れもなく
そして何も話さないから
電話の時は昔からそう
ずっとそう
受話器から漏れてくる雫で
耳がじゅくじゅくになる
爪を噛むことなく
雨音を聞き続ける
中学生の頃からだろうか
爪を噛まない、という
変な癖がついてしまったのは
私用の電話なら早く切るように
と、上司に注意される
血も涙も無いような厳しい上司
それでも昼時になれば食事に出る
血や涙を作るために
週末、父はデパートの近くで
ひっそりと再婚の式を挙げる
特にこみ上げるものも無いまま
仕事を終えて地下鉄に乗る
窓に映るぼんやりとした容姿のように
世の中のすべてが
比喩だったら良いのに
部屋に着いた数十分後の
自分を想像してみる
まず最初に
コートを脱ぐのだろう