「コンセントガール」
ベンジャミン

あれはまったく夢なんだ
夢を現実だと思ってしまう錯覚のようなものだ

さっきまで僕は読みかけの本に埋もれて
読みかけの本のストーリーの中にひっそりといて
自分がストーリーになることなんて考えてもいなかった


「ちょっとよろしいですか?」と
突然呼び止められた
「え? ぼ、僕のことですか?」と
僕の驚く様子など関係なしに
どこかの会社の制服を着た女性が
「はい。そうです。」と
すました顔でこたえた(少し悲しげだったように思う)

「あなたはずっとここにいて動かないままなのですね。」
「あなたは動かないのではなくて動けないというのが正解かしら?」
「あなたがそのままじっとしている理由ですが・・・」
ずいぶんとまぁ、他人のことを滑らかに語るものだと思いつつ
「君はいったい誰なんですか?」と
僕がさえぎるように聞くと
「はい。コンセントガールです。」って
おかしな名前をすました顔で言った

よく見ると彼女の後ろに壁のように見えたのは
びっしりと敷き詰められたコンセントだった

「親指と人差指でコンセントに触れてみてください。」
いきなりそんなこと言われても感電したらどうするんだと思いつつ
まるでそうすることが自然のように思えたので触れてみた
触れた瞬間、頭の中に記憶のような映像が浮かんで驚いた
「どうぞ他のコンセントにも触れてみてみてください。」
「それはあなたの現実になるはずだった記憶の残像です。」
ずいぶんと面白いことを言うものだと思いながら
いくつかのコンセントに触れてみた
触れただけの記憶のような映像が頭の中を駆け巡る
「これは僕が失くした現実なんですか?」と
これは当然の質問だと思って聞いてみた
「そうとも言えますし、違うとも言えます。」と
返事になっていないような返答だった(少し淋しそうな表情だった)

「右足を一歩前へすすめてみてください。」
彼女は相変わらずのすました表情で言った
僕はもう半分どうでもいい感じで言われるままにしてみた
すると僕の右足の前に同じようなコンセントが現れて驚いた
「こ、これも同じコンセントなの?」と聞いても
「そうとも言えますし、違うとも言えます。」って
さっきと同じ返事じゃないか!

「そうなるかならないかという言い方のほうが正確かもしれません。」
彼女のお得意の言いまわしだ
「君はいったい誰なんだよ。」
「はい。コンセントガールです。」
会話にならない(だけど少し笑みを浮かべていたように思う)

僕はあきれて足元に現れたコンセントを踏んづけてみた
すると景色全体が大きく変わったんだけど
なんてことはない、家の近くの公園だった
けれどさっきまでの記憶のような映像とはまったく違う

風が吹いているのを肌が感じる
冬の匂いを感じる
現実がある

振り返るとコンセントガールが微笑んでいた
彼女の後ろに敷き詰められたコンセントは無い

「僕は失くした現実を取り戻したの?」と聞くと
「そうとも言えますし、違うとも言えます。」と
彼女は笑顔でこたえてくれた

僕は何だか嬉しくなって大きく息を吸い込んだ

「まだ一歩ですから・・・」

そう聞こえたような気がして
もう一度彼女のほうを見たけれど
彼女はどこにもいなかった

ゆっくりと公園を歩きながら
いろいろなことを感じたいと思った
そしてポケットからメモ帳を取り出して
詩を書いてみようと思った
もちろんタイトルは「コンセントガール」だ

いったい誰なのかはわからないけれど
きっと僕みたいな人を助けてくれる人に違いない(かもしれない)
  


自由詩 「コンセントガール」 Copyright ベンジャミン 2011-01-21 02:14:37
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