ゆらめく腕
……とある蛙
霧に霞む煉瓦敷の道の街灯の明り
湿った空気の中
ボーッとした街灯の光の奥に
ゆったりとした時間が流れる。
得たいの知れない影と
先の見えない道の先に
あの古びたホテル
アイビーの這う赤煉瓦の壁面
ロビーには数人の泊まり客が談笑する。
押し黙ったままま微笑む人物が独り
その横顔に刻まれた皺は一様に深い
ロビーの暖炉には赤い炎が
僅かばかりの暖かさと
揺らめく灯りがその人物の横顔を照らす
揺れている怪しい人物の
彫りの深い横顔に
この人物の過ぎ去った
時間が揺らめく
じっと見つめる炎の中に
あの美しい腕がある
肉付き良く均整の取れた筋肉
優雅な指先は
嫋(たお)やかに手の甲から伸びる
色白な肌はキメ細やかで
ほお擦りしたくなる
滑らかさ
その人物はその腕の記憶に
うっとりと微笑む
想い出されるあの部屋の記憶
それはこのホテルの四〇四号室
それ以外何も想い出せない
何も想い出したくない
時間が停止した空間