貝が夢見る明日
ホロウ・シカエルボク



俺がどんな言葉で話をするか君に判ってもらえるだろうか
俺の大脳皮質からウミガメの卵のようにぽろぽろとこぼれてくるものの形状が
君の感覚野にまで届くことがあるだろうか
凍えるカーテンの向こうに光を躍らせて
観念的な一本のケーブルを引くことが出来るだろうか?
23時間と59分が経過した世界の中に俺は点在している
あと一分が小さな世界の概念を確実に塗り替えてしまう
身体に触れるものはなにひとつ変化しないというのに
ターンテーブルが一回りする
寸分違わぬ筈のイントロが半秒ずれている
窓の外を飛ぶ鳥が秒針の動きとリンクして一秒の間で不自然な位置変えをする
判っているはずなのにどうしてもその瞬間が俺には見抜けない
壁が静かに穏やかにその色を変えてゆくのは外界の色が変わるせいなのか
実体は緩やかに変化するだけだが現実は本当はつかめることのないもやで
かろうじて指先に引っかかるものだけを迷いなくそう呼んでこれまでを生きてきた
真夜中の海の思念
豊かな種類の暗色を感ずることなく見ている
たとえば俺がその海底に住んで死ぬ貝であったとしたら
目にするのはきっとそんな色の連なりだろう
ずっとそのグラデーションを見つめながら海の欠片に還ってゆくのだろう
俺は死に絶えて堆積する貝殻のことを思う
彼らはきっと潮流にゆらゆら揺れてまるで死んでいるように見えないのだろう
魚たちはそんな彼らを見ても生きているのか死んでいるのかはっきりそうと知ることが出来るのだろうか
命のあるものとそうでないものの揺らぎが彼らにははっきり判るのだろうか
俺も手足を失くし深く潜れば
あるいは
俺がどんな言葉で話をするか君には判ってもらえるのだろうか
君はボートに乗って海面を漂っていて
俺は手足を失くして海底で揺れている
そんな場所から君に伝えるための言葉を果たして見つけられるだろうか
なによりそれは発音することなど出来ないのだ



自由詩 貝が夢見る明日 Copyright ホロウ・シカエルボク 2011-01-17 00:28:02
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