引越しの準備
とんぼ

わたしは静かに絶望と出会う
ユニクロのヒートテックインナーを2枚重ねて着ても寒い 部屋で

絶望はピンク色をしていて
目が合うとすぐに 申し訳なさそうに頭を下げた
ごめんなさいね、と囁く声は低くて柔らかで優しい
そうだ 最初にセックスをした男と同じ声なのだ
捨てるんでしょう? と絶望が尋ねた
殴られやしないかとびくびくしているようだった
わたしは黙って、頷きもしないで、
床に並べたしなものを手に取ってはゴミ袋に入れる
安物のネックレス、落書きでいっぱいのノート、海で拾った銀色の石、遊園地で作ってもらった2人の横顔の切り絵……
わたしが手を動かすたびゴミ袋ががさりと鳴って
絶望がぎりぎりと身をよじる
ああだめだもう、泣きますね、ついにはそう言って涙を流し始める
わたしは手を動かす
心をしんとさせたまま

部屋の中には何もなくなった
ゴミ袋はぱんぱんに膨らんで
次のところへ連れて行けないものを隠した
旅立ちのために
まだゴミになりきれていないしなものたちが 袋の中で静かにしている
わたしはわんわん声をあげて泣いている絶望を両手でつかんで
ゴミ袋へ押し込む
ぎゅっと口をしめると
声も声ももう すっかり遠くなる
春が来たのだ


自由詩 引越しの準備 Copyright とんぼ 2011-01-03 22:53:43
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