男と冬
山人
煙突の突き出た丸太で作られた小屋
男は荒砥、中砥、仕上げ砥をそれぞれ一枚抜きの板におき
刃物を研ぎ始めた
小屋の中には丸いストーブがごうごうと燃えている
小屋の一角には一昨日捕らえた鹿が横たわる
男は外の雪を目で追い、ほんの少し窓を開ける
むせるように風雪が窓を打ち、男の喉に入った
山は昨日から荒れ、本格的な冬が来たのだ
男の愛用しているマグカップに、琥珀色のウイスキーが注がれ
乳白色のランプが灯された
刃物を研ぎ始める男、入念に丹念に、荒砥から中砥と研ぎ
ランプに刃先を照らし見つめている
刃を爪に押し当て、スッと刃先を動かすと爪の表皮が刃に食い込んでいく
刃が着氷したのだ
喜びを得たい、切りたいと疼いていた
鹿をビニールシートの上に乗せ、ナイフをぶすりと入れる
左右に切り開かれ、筋、関節、などを知り尽くした男のナイフは
妖艶に赤く光り肉にめり込んでいく
解体は一人では未だ終わらない
乾燥や塩漬けであと数日は加工する必要がある
背骨に沿った肉を切り取り、塩を塗る
鉄板に鹿の油を塗りつけて、塩味だけのソテーだ
血がまだ踊り、そこに在りし日の鹿が弾んでいる、命の味がする
確かに鹿は躍動し、跳躍していたはずだ
雪は本降りになり、また長い冬がやってくる