男と冬
山人

煙突の突き出た丸太で作られた小屋
男は荒砥、中砥、仕上げ砥をそれぞれ一枚抜きの板におき
刃物を研ぎ始めた
小屋の中には丸いストーブがごうごうと燃えている
小屋の一角には一昨日捕らえた鹿が横たわる
男は外の雪を目で追い、ほんの少し窓を開ける
むせるように風雪が窓を打ち、男の喉に入った
山は昨日から荒れ、本格的な冬が来たのだ

男の愛用しているマグカップに、琥珀色のウイスキーが注がれ
乳白色のランプが灯された
刃物を研ぎ始める男、入念に丹念に、荒砥から中砥と研ぎ
ランプに刃先を照らし見つめている
刃を爪に押し当て、スッと刃先を動かすと爪の表皮が刃に食い込んでいく
刃が着氷したのだ
喜びを得たい、切りたいと疼いていた
鹿をビニールシートの上に乗せ、ナイフをぶすりと入れる
左右に切り開かれ、筋、関節、などを知り尽くした男のナイフは
妖艶に赤く光り肉にめり込んでいく

解体は一人では未だ終わらない
乾燥や塩漬けであと数日は加工する必要がある
背骨に沿った肉を切り取り、塩を塗る
鉄板に鹿の油を塗りつけて、塩味だけのソテーだ
血がまだ踊り、そこに在りし日の鹿が弾んでいる、命の味がする
確かに鹿は躍動し、跳躍していたはずだ

雪は本降りになり、また長い冬がやってくる


自由詩 男と冬 Copyright 山人 2010-12-28 18:23:40
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