「視線」
ベンジャミン

子猫を抱き上げるような眼差しで
この街を歩く人は少ない

真剣に生きようとする人の眼光は鋭く
何かを諦めたような人の眼は暗い

そんな視線が複雑に交差しているのを
私の視線は知らずに追いかけている


    ※


そういったいろいろの視線に出会うたび
私の心は間単に貫かれて
私はその一瞬のうちに死んでしまう

視線が何かを語るよりも先に
私を容易に殺してしまうのだ

けれどそれはあまりに一瞬のことなので
私は肉体として死ぬのではなく
まるで水槽の中の魚のように
水と空気の隔たりをつくるガラスのような
そんな透明にいつも守られてしまう

ただ強く焼きついた視線の記憶を
ゆらゆらと浮かんでゆく気泡に閉じ込めて


    ※


今の私が唯一できることと言えば
それらすべての視線から眼をそらさずに
しっかりと見つめて焼きつけること

ほんのときどき
きっと誰もがそうなのだろうが
子猫を抱き上げるような眼差しに出会って
その束の間に救われたいのかもしれない

たとえ千の刃に貫かれても
一度のやわらかな眼差しに出会えるなら
私はうつむかずにいられるだろう

そしてその一瞬を始まりにして
私の静止した時間から動き出せるだろうから
私はこの街の小さな曲がり角に立つ

そのとき私の視線が
誰かにとっての刃にならないように
私はときおり空を見る

青い空に白い雲は
単調な音楽のように静かに流れる
私にはそれが必要なのだ

私は私の視線に怯えてはいけない
そのために空を見る

ただ青いだけではない空に
私は何を見ているのか知らない

けれどそのとき
叶うなら私の眼差しが

やわらかであれば良いと願う
 


自由詩 「視線」 Copyright ベンジャミン 2010-12-27 01:53:54
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