「ゼロの焦点」その擬態のしんじつ
石川敬大




 冬の断崖にたつ理由は
 自殺か
 他殺か
 イノチを落とすためばかりではない
 のこされた者が
  ―― その
 波濤を眼下にする行為に釣りあう不条理感の
 くるしみ
 かなしみ
 が、こぼれるほどにあるからです

 一週間のくらしで
 戦争を経てきたかれのキセキを
 たどることもかなわず
 追認するほかない必然が緘黙されていても
 かれの目を
 のぞきこんで心中に
 垂直にオモリを垂らし
 はらの底にあるソレを直感的に信じたはずなのです
  ―― だからこそ
 かのじょは
 サビしくキビしい冬の波濤を
 前にすることができたのです

 遺体が確認できない現実が石のように転がっていて
 身悶えて胸がくるしくなるのでしょうが
 死んだことが証明されているかれのこころが
 新しいくらしとかのじょへのおもいに満ちていたのだと知れば
  ―― それだけで
 ウツむくことなく生きていけるはず
 あの安堵の表情が
 そのことを証しています

 眼路のかぎり灰色の波濤でみえない対岸にも国がある
 冬の断崖が
 さいはてのゼツボウにみえるか
 はじまりのキボウにみえるか
 は、じつは
 天地をわかつ重要な
 分岐点なのです






自由詩 「ゼロの焦点」その擬態のしんじつ Copyright 石川敬大 2010-12-19 14:58:12
notebook Home 戻る