縫い目
高梁サトル


反復する細胞の分裂する音のほか
何も聞こえない無音の午後に瞼を閉じる
記憶の中で歳をとらないあなたの
豊齢線をなぞれば甦る
太陽と煙草の乾いた薫りが
こころの奥に降る雨に混じり溶けてゆく
この世界に
陽光や雨粒と無縁な者などいはしない

病んだしろい床の上で懸命に生きた
いのちの強さ、鋭さ、美しさに魅せられて
囚われ続ける遠い日々を抱えながら
均衡だけを保ち続けている
「おはよう」と「おやすみ」で繋がるいとなみ
この世界に
愛を憎み拒む理由などありはしない


鏡に映る半端な笑顔に
未だかける言葉を持たない私は
怪しげな俗情に飲まれて過去を浪費しないように
一個の善人になり悪人になり
すべてを捧げすべてを棄てて
あらゆる視点から彼方の軌跡を見詰め続ける
夢の中に現の中に
失われた生涯の一端を繕う
絶えながら増える受け継いだ細胞が
毎秒ごとに生まれ変わるたび
あなたを縫いつける
解けぬようかたく
、かたく


自由詩 縫い目 Copyright 高梁サトル 2010-12-18 07:43:56
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