salco

 K

親不孝な倅の
誰も知らない部屋の机のひき出しには
それでも両親に宛てたAIR MAILのクリスマスカードが
残されていた
研磨剤じみた陽光が降り注ぐだけの
カリフォルニアの生誕祭をキリスト教徒でない彼も

ウィンドシールドの細かな破片を戴いて
ハンドルに快活な頭を載せた彼は一滴の血も
苦痛の呻きも洩らさなかったとの検視報告書
指先で桃を押したような、前額左端の僅かな窪み
これが外傷の全てだった
広大な星状旗の上で、その狭い部屋の壁に
アメリカを貼りつけていた彼の夢は極めて曖昧な
幸福への白い道だったのかも知れないが
今や惜しげもなく命を散らした

子供達も懐いていたと
元ホームステイ先の医師夫妻の厚意により
プロテスタント教会で告別され
かつてキング牧師も入っていたような
東洋人には不釣合な棺に納まりエンバーミングを施され
ニ十三歳には不釣合な厚化粧と
滑稽なライトブルーのスーツで横たわる姿は
まさしく五十年後に迎えるべきていたらくだった
それさえ炉に入らぬという葬儀屋の
進行至上主義的憂慮により早速引きずり出され脱がされて
経帷子を着せられ格段に粗末で窮屈な白木の箱に詰め直されて
早一年
日本社会の規格に合わぬ、太陽の如き放蕩息子の骨壺はまた
最も不釣合な、ひなびた小寺の片隅の
真新しい墓石の下に安置されている

チャーミングな童顔と天与の無邪気に恵まれた
アメリカかぶれの、青年と呼ぶさえ早過ぎた若者の死に
母国で用意されたもの全てが不釣合だった
何故ならKは、この空の下にはいないのだ
彼の地で
自分のフロンティアを続けている
逆縁などというじめついた悲嘆はひとまたぎにして



 十七回忌に

まる十六年の間に
赤ん坊が、車中マスカラ塗りに没頭する若い女に変貌する
それだけの充分な歳月が風のように消えたのを彼岸で知らぬげに
己が姪の恋人と言ってもおかしくはない二十三歳の叔父はこうして
まる十六年もの間
モノクロ写真にとどまったまま屈託なげに笑い続けている
白いシャツで


死により、
死んだ君より寧ろ徹底的に痛めつけられた両親の催す法会に
こうして集まり煙る墓前に列なす面々は、訪うたび一様に老けて
君を驚かせるのだろう
共に育ち綽名で呼んだニつ違いの姉も、今や君よりニ十近くも年かさの
顎のたるんだ母親であり
世話好きの逞しい生活者であった伯父や伯母は足を引きずり
小春日和にも背をこごめ
拘泥の一日いちじつもなく戯けた笑いを運んでいた従兄弟達も
その相貌に縷々たる生活の愚かしい苦さを刻んでいるよ


君の死にふさわしい供物は菊でも百合でもなく
薔薇でも睡蓮でもなく
輝き亘る青い海原、眠る草原を追い越して行く雲
地平を焔の異国に化身さす夕陽
―― 掻き消えた笑い声にふさわしいのは

君の思い出にふさわしい情景は、墓石に降りつのる雪でも
星の瞬きでもなく
すだく虫の声でも、枝に残った紅葉でもなく
砂に消え残った足跡でもない
帰り来ぬまばゆい若さに我々が眉根を寄せる時……


死は「おやすみ」でも「さようなら」でもないのだと最近わかった
影を引きずり順番を待つ私達の生に、論拠に足る意味などありはしない
例えばこの死者の静謐に勝る言辞すら私達は表明し得ないのだ
ただ今日を長らえる為に慣性の糧を製造し、無意味に老い行くだけ
飛び去った者の陽炎に呆けた目をしばたかせて虚を仰ぐ時
固い地面に暫時残された敗者の如き我々の掌に握りしめた宝財は
ただ存在する自己への執着と、喪失への恐怖しかありはしない
のたくる虫けらどもの催す法事だよ



自由詩Copyright salco 2010-12-15 01:03:59
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