華と蜜
相馬四弦

白いツツジが咲いていたのです

心が浮くような甘い花です

ゆたりと喉を伝う蜜の香り

小さな手をべたべたにして

そのままスカートにしがみつこうとするから

よく貴女を困らせました




カーテンの隙間から透明な陽の射しこむ

その交差がほつれてゆく

壁掛け時計の秒針 ひとつ刻むたびに

箪笥の上から私たちを見下している人形の瞳が

ずれる

─どこに咲いているというの、この部屋のどこに─

床擦れしないように身体を抱いて

寝返りをうたせてあげると

貴女はそう呟いて

枯れ枝のような腕を四畳半に踊らせる

缶詰の白桃を小さく切り分けて ふたりで食べた

泣き疲れた声で 甘いね、甘いね、 と繰り返す

どこに咲いているんだろうね 本当に

舌先がしびれるような錆びた味

─白いの、真っ白だったのよ、とても綺麗ね─

唇の端から糖蜜を滴らせながら

貴女はちいさく笑った

濡れた手ぬぐいで拭ってあげようとすると

私のその手の甲に頬を寄せて

そのまましばらく眠りに落ちる

去来するものの刃を避けることが出来ずに

身動きできなくなった私のみすぼらしい横顔が

部屋の隅で開かれたままの三面鏡に映されていた

どこに咲いているんだろう

カーテンの隙間から外の景色に救いを求める

この世で白いものは二つしかない

貴女の肌と

人の世の空







自由詩 華と蜜 Copyright 相馬四弦 2010-12-14 07:39:14
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