華と蜜
相馬四弦
白いツツジが咲いていたのです
心が浮くような甘い花です
ゆたりと喉を伝う蜜の香り
小さな手をべたべたにして
そのままスカートにしがみつこうとするから
よく貴女を困らせました
カーテンの隙間から透明な陽の射しこむ
その交差がほつれてゆく
壁掛け時計の秒針 ひとつ刻むたびに
箪笥の上から私たちを見下している人形の瞳が
ずれる
─どこに咲いているというの、この部屋のどこに─
床擦れしないように身体を抱いて
寝返りをうたせてあげると
貴女はそう呟いて
枯れ枝のような腕を四畳半に踊らせる
缶詰の白桃を小さく切り分けて ふたりで食べた
泣き疲れた声で 甘いね、甘いね、 と繰り返す
どこに咲いているんだろうね 本当に
舌先がしびれるような錆びた味
─白いの、真っ白だったのよ、とても綺麗ね─
唇の端から糖蜜を滴らせながら
貴女はちいさく笑った
濡れた手ぬぐいで拭ってあげようとすると
私のその手の甲に頬を寄せて
そのまましばらく眠りに落ちる
去来するものの刃を避けることが出来ずに
身動きできなくなった私のみすぼらしい横顔が
部屋の隅で開かれたままの三面鏡に映されていた
どこに咲いているんだろう
カーテンの隙間から外の景色に救いを求める
この世で白いものは二つしかない
貴女の肌と
人の世の空