ほこりと夕日
モチヅキゼロ
良心というものを売った日は、空には雲ひとつない晴天で、行楽日和というべき日であった。
そもそも、私は良心というものを必要とはしていなかった、
生きていていままで、ひがみやねたみしか覚えなかったし、私はそんな自分が悲しくて悲しくて仕方がなかった、
良心っていう文字を辞書で引くと、クラスの飯塚君が思い浮かんだ、
どこにでもある中堅の高校の教室と言われる場所に彼の居場所があり、廊下側の前から四番目の左側の席に座っていた、
辞書の意味すら読まないうちに、私は良心の象徴である飯塚君を思い出した。
飯塚君は、朗らかな雰囲気が一番印象的で、ひょろりとした体系で猫背、近眼のせいでメガネをかけていて、優しそうな一重でみんなを見据えていた。
飯塚君は物腰柔らかな口調で、言葉の表現も絹のように柔らかだった、しかしながら、飯塚君はもてなかった。
いい人ね、で終わってしまう男子だったのだ。
私は飯塚君の口調やダイレクトではない言葉を発するたびにいらいらしていた。
飯塚君とは対照的に私はずけずけ物を言う性格で、バカって言葉で終わらせればいいものを、飯塚君は悪い点を述べてから注意する、
それが好感を持てるのは分かるが、私はそういう言い方は面倒なので嫌だ。
一度、飯塚君が怒ったことがあった。
私がクラスみんなで力を合わせてやるべき劇を途中で面倒なので放棄し、多目的室を出たときにぐいっと腕を掴まれて、私の目を一点に見つめて睨みつけている、
腕が次第に痛くなってきて、振り払おうとしても腕をきつく掴まれた、それを二、三回繰り返し、もう一度飯塚君を見た、
飯塚君は笑いながら私を見て、少しだけ涙目だったことを隠すようにぎこちない朗らかさを出していたが、とても悲しそうだった、
その瞬間、私は倒れたらしい。
目が覚めた時は保健室で、保健室の先生は軽い貧血ですね、と事務的に言い放って職員室に行った、担任でも呼ぶのだろうか。
上半身を起こすと、座って寝ている飯塚君が目に入った、飯塚君の寝顔はやはり朗らかであった。
「飯塚君、私、あなたのこと好きになれないわ。」
夕焼けがカーテンの細い隙間から入ってきている、隙間の近くにある観葉植物の葉にはほこりがあって、ふっと吹きかけてみたら見事に飛び散った。
ほこりが綺麗に光っている、私はもう学校に来ないだろうと直感的に感じた。
案の定、私は保健室を出てそのまま学校へ行かなかった。
うわさを耳にした、飯塚君はそのあとすごく後悔し、僕が悪いんです、と担任に処分をお願いしたらしい、しかし、素行の悪い私がいなくなってせいせいした担任は、飯塚は悪くない、で終わったそうだ。
飯塚君は学校を卒業してから大学に進み、物理を学んでいるそうだ。
そういえば、飯塚君はいつも物理の成績だけは一番よかった。
保健室、夕日、ほこり、綺麗だね。
飯塚君、あなたはきっとわからないだろうけど、私は覚えているんです、君があの時うっすら目が覚めていたことは知っています、気づかないふりをしておいた、私が学校に来ないことを悟ったのかもしれない、あの時また腕を掴まなかったことが、それが飯塚君にできる最大の優しさだったのですか、私はそれが一番知りたい、教えてください。
良心を売った日、私は飯塚君に会いたくなった。