比喩
寒雪
昨日十六年連れ添った
黒毛の雌猫を失った
土へと還すため
スコップを右手に穴を掘る
彼女がいなくなったというのに
空は相も変わらず
いつか遠足の日に海辺で見上げた
ソフトクリームの白い雲と
キャンバスにぶちまけたペンキの水色を
いつまでも顔色に携える
適当な大きさに掘り下げられた
ぽっかりと空いた墓穴に
そおっと彼女の骸を寝かせて
今度は地上の風に触れて
すっかり柔らかい面持ちの土を
少しずつ彼女の上に
生前好きだった柔らかな毛布を
少しでも真似て彼女の体にかけていく
穴を掘る時よりも時間がかかっているのは
疲れたせいなだけではない
彼女の姿が見えなくなるのを
出来るだけ遅らせたかったが
目の前にはきれいに土が被せられて
墓穴の中身は見えなくなった
何も言わず時間をかけて手を合わせて
目を閉じて冥福を祈る
暗闇の中
どこからか泣き声と共に
いつも見ていた彼女の艶光りする体が
手を伸ばして触ってみる
あるはずのない感触が脳裏に蘇る
目を開けた時
やはりそこに彼女はいなくて
自分で埋葬した彼女の眠る土が
剥き出しのまま風に晒されている
これまでのことすべてが
文学作品の退屈な比喩だったら
叶わない願いを胸に
今日も彼女の前で手を合わせる