下戸遺伝子
板谷みきょう

お酒が飲めない体質だと気付いたのは
まだ若い二十代の初めだった

看護婦さん達の飲み会に誘われ
お目当ての女性も参加することを知ったから
精一杯のお洒落のつもりで
当時
ステージで着ていた衣装のまま
居酒屋に出掛けたのだ

看護婦さんたちの年齢幅は
大きかったけれども
二十名ほどの女性に囲まれるのは
いずれにしても悪い気はしない

食べて飲んで笑ってと
時が経つうち
ある看護婦さんの一言から
イッキ飲みコールが始まり止まらない
それで、どうにでもなれと
ガブ飲みしたのだが

そのうち
息苦しくなってきて
脈が速くなっているのが判る
体がだるくて動くことも出来なくなって
青息吐息でいると
何だか
どうでも良くなってきた

その時、看護婦さんの一人が
急性アルコール中毒だと言い出し
こんな看護婦の集まりで
救急車は呼べないわと言い出すと
みんなから
上着を脱がされ
ネクタイを外され
シャツのボタンを外され
ベルトを緩められ
ズボンのホックも外され
ファスナーも下げられた

胸を肌蹴られても
されるがままで体が動かない

大きな声で判るかどうかを尋ねられ
腋の下を抓られたりしたが
でも
もうどうでも良い感じなんだもの
放っておいて欲しいのだった

すると無理やり沢山の水を飲まされて
座布団を使って即席の寝床を作り
みんなが着て来たオーバーコートを掛けられ
部屋の隅に横向きにして寝かされた

ご免ね
救急車は呼べないけれども
みんな専門家だから
飲み会が終わるまでには
楽になってるからね

看護婦さんが一人付きっ切りで
トイレに行くのに歩けなくて
二人の看護婦さんに支えられ
トイレに着いても
ぐったりしてたら

漏らさないでよと言われながら
パンツの中に手を入れて
小さく縮んだペニスを出された
吐くことは無かったけれども
沢山、水を飲まされたせいで
トイレには何度も通った

その都度
看護婦さんが替わってたけど
何もかもが面倒くさくて
どうでも良かった

飲み会の間に
何とかふらつきながらも
立って歩ける位に回復できていた
飲み会も終わり別れ際
介抱してくれたことのお礼を言ったら

まだ一人で帰るのは危ないからと
看護婦さんたちが話して
一人がタクシーで
アパートまで送ってくれることになった

安アパートの玄関の鍵を開けてくれ
部屋まで入れてくれた看護婦さんは

大陸の遺伝子を持ってるんだね
これからは気を付けないとね

帰り際にそんなことを言うと
口付けをしてくれた

きっと、待たせてあるタクシーに
乗って去っていったのだろう


あの看護婦さん
お目当ての女性では無かったけれども
素敵で柔らかな唇だったことだけは
三十年以上経った今も覚えている


自由詩 下戸遺伝子 Copyright 板谷みきょう 2010-12-06 23:16:01
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