夢中無
遠藤杏

会ったことがあるようなないような、この男の醸し出す雰囲気には懐かしさを感じるものの、詳しいことは何も思い出せないでいる
黄色いプールに服のまま入る
べっとりと何かがスカートに張り付いてわたしのふとももを大きく浮かび上がらせた
目の前にぐるぐると回っているのは子供の時に行った遊園地のあの木造のジェットコースターではないだろうか 今にも崩れ落ちそうにぶるんと音を立ててガタンと止まった
一瞬息を飲んだ
何の変哲もない街 新宿の小さい通り道 ゴミ箱から不思議な野菜が寂しげに飛び出している
どこかに迷い込んで一生辿り着けない場所を目指しているようなあまりにも酷い倦怠感に襲われる
わたしの街はどこ?
アスファルトにあなたの靴がめり込む
わたしは必死にへばりついて探した タクシーに乗って家に帰ろう
一瞬世界が真っ黒になった フラッシュバックする光景を目の前にわたしは立ち往生する
嘘みたいに真っ青に塗られた大きいゴミ箱をあなたが蹴り倒す
前傾姿勢になって一心不乱に
寂しい目をした野菜がアスファルトの上に転がると あなたは満足げににやついてさらに黒いポリ袋を中から引っ張り出して わたしの上に投げつけた
タクシーを呼ばなければ
タクシー
タクシー

終電を伝えるアナウンスが遠くから聞こえる
もう間に合わないだろう
それに体が腐乱した死体のように鼻に刺さる臭いを漂わせている
わたしはあなたのあのにやついた顔を思い出して わたしにはあんな顔見覚えないと思った わたしの知っているあなたじゃないと思った

「大丈夫ですか?タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫です。何でもないんです。」

わたしは立ち上がると 新宿という街に溶け込んで消えていった
あなたはその長い髪を振り乱しながらどこかに消えていった
面影を追いかけた
どこにも見あたらなかった

私はスカートを揺らしながらタクシーに手をあげた


自由詩 夢中無 Copyright 遠藤杏 2010-12-03 00:04:44
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