眼
葉leaf
私は眼を鑑賞する////壁の空いたところに三十万円で購入した生きた眼を植えつけたのだ////まばたきをすることによって眼は私から知識を食べていく/そのときの私の軽い疲れの顫動をも眼は知識の尾として食べる//眼はまばたきの強さの微妙な違いを色相としてまぶたの裏に知覚する/まぶたの裏は力の海だからだ///私は眼のまばたきのリズムを楽しむ/音のない楽器だ//私はまばたきの速度には三段階あることに気づいた/速い順に管楽速・弦楽速・打楽速と名づけた////眼が開いているとき時折まぶたと睫毛が震えることがある/眼は自分を攪拌し刺突する幻に耐えているのだ/震えによって眼は幻を幻の幻すなわち現実に変えてしまう/だから震えのあとにはいつも眼の下の床に色とりどりに輝く臓器が落ちている///私は眼の震えのマグニチュードを計測する/震えが大きいときは眼が噴火するのではないかと虞を抱く/噴火のとき眼は鑑賞者の記憶のすべてを抜き取るらしい/それを音の筋に変換して周囲を切り刻むのだ////眼の瞳が上へ動くとその一瞬後には視覚対象も上へ動いている/だから部屋の中での私の動作はすべて小さな塊として瞳の吸収線により操られているのだ///瞳が右端に寄っているとき瞳の右側の狭い領域と左側の広い領域の対比の周辺にはあらゆる大小の対比が撒き散らされると同時に複雑に交感している/眼はこの豊穣で鋭利な象徴作用によりこの場合に一番美しい/さらに眼の重心の偏りによる不安定があらゆる静的な破壊を積み込んで眼の歴史に罅を入れることで美しさをより普遍的な「繊力」にまで高めている////朝の眼は何グラムの朝を摂り込んでいるのか/何ミリリットルの夜を失ったのか/あるいは朝と夜を化合させてできる純粋な昼で自らを組成しているのか//通勤の支度を眼のまばたきが意味づける/瞳の動きが意味を奪う/私は意味のだらしなさにうんざりして部屋を出る////夜の眼はとてつもなく軽い/壺のように空虚をあふれ出させている//夜の瞳は表面に細かい月の根を生やしている/月の根は毎晩数リットルの夜を吸収して月を輝かせる//私は眼のまばたきや瞳の動きの有機的な閉ざされに癒される//私は電気を消し眼を閉じる/眠っている私の眼からも月の根がびっしりと生え出してくる/////