僕にヒゲが生えていた頃
たもつ

 
 
僕にヒゲが生えていた頃
あなたは優しくヒゲを撫でてくれた。
今ではすっかりヒゲは枯れ
ビルなどの建築物が建ち
唇の近くまで人も歩くようになったけれど。
あなたの手のことはあまり思い出せない。
指はだいたいいつも五本くらいあったことを
ぼんやりと覚えているだけで。
手のしわの数や位置
黒子の有無
掌の相や指紋の形など
何も描くことはできない。
でも、正確に記憶していたとしても
それらはあなたそのものではない。
ヒゲを通して伝わってくる
あなたの手のぬくもり
(あなたは決して地肌には触れなかった)
それだけが僕にとっては
あなたのすべてだった。
もう一度僕はヒゲを生やそうと思う。
建物や人には他の所に移ってもらって
もう一度。
きっかけがあったわけではなく
おそらくそのような時期
年齢や周りの環境や今後のことなどを勘案して
そのような時期にきているのだと。
あなたがヒゲを撫でてくれなくても
気まぐれな風が撫でて行ってくれる。
もちろんそのぬくもりは違うけれど
あなたがいない、ということが
あなたそのものであるということを
ずっと忘れないために。
 
 


自由詩 僕にヒゲが生えていた頃 Copyright たもつ 2010-11-28 17:30:39
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