PEG
乾 加津也
通り沿いにガラス張り
湯島のちいさな洒落たカフェ ペグ
オーナーの娘だろうか店員女性にときめくわたしは
「おはようございます。玄関マットの交換です!」
の発声加減については役者なみだ
マット三枚に一分とかからない
埃をたてずに手際よい交換のあとは
細い指先が伝票にサインをする
まぶしい笑顔は体に毒だ
「ありがとうございました」と潔い
オーナーは気さくでねぎらいのことばもくれる
この格好では駄目だ
いつかひとりの客として
窓から通りを眺めてみようと思っていた
朝
ぬけるような快晴
窓際のテーブルで珈琲をもちあげる
店名が変わり
あのオーナーひとりのようだがそう この香(にお)いだ
開店まもない初めての客にすこし気を遣っているのがわかる
そしてもうすぐ もうすぐわたしはあの正面を入ってくる
十八年の時も一跨ぎして
世間知らずの
ひたむきな青年が
めいっぱいの明るさを届けにくるのだ
それをしばらく
湯気をたたせて
待っている