夜の取引
番田 


1
これは麻薬だが売るのに値するのだろうかと考える。人体への損害、精神への影響。幸福は一瞬で過ぎ去り禁断症状が服用者の精神を蝕むことだろう。私はこれを旅行者に売るべきなのかを考えたけれどその後の人生を想像させられると躊躇した。鞄のなかにつっこまれた白い物体が世界の中で、挟み込まれて、居場所を無くしているようにも見える。売るとしたらいくらだろう。取引には随分と手をわずらわせていて最近では自分自身の体の身動きが取れなかったと言う具合だ。黒幕は人の多く沈められているという噂の港の近くに待っていた。私は金を彼らに渡した。彼らは銃をこちらにつきつけながらボートでやってきた仲間の船に飛び移ると引き金を引くことなく夜の海の向こうに消えていった。これだけの量だから今後もお得意様となって、長い付き合いができるかもしれないと、向こうも考えたのかも知れない。実際、金を受け取るときにサングラスの下の口元からは微笑みがこぼれていたのを私は見た。


2
何でもない朝が来る。人々が電車に乗せられて道の果てへと連れ去られていく月曜日。日曜日までの平穏な空気が車や人の動きによってかき混ぜられていく時の、一瞬の混沌。それは火曜日に向かうにつれて先週までの色合いと等しい色彩をなしていくようにも思える。私は自動販売機でポカリスエットを買って、それを何度も口に含みながら何度か電車を乗り継いで会社に向かう。会社では、部長が私ににらみを効かせて、待っていることだろう。雑誌で見た話題を思いながら開いたドアの向こうに向かって足を繰り出していくと少し目眩がした。人の流れはあまりにも目まぐるしすぎた。違う車両に乗り移ると、子供がうじゃうじゃといたりして気が落ち着かなくなる。今月の販売目標が達成できるかを考えた。部長の掲げた金額は、景気にしては、果てしないほどの額で回りからは感嘆のため息がもれた。それを達成するには一日に1週間分の売り上げを上げながら引っ越したばかりの社内の整理と言った事務作業をせねばならず、それを思うと、まんざらそのため息も怠惰感がもたらしたものではないようにも思われた。


外を回ると客は口々に最近の不況についてを口にし、私はぼんやりとそれについてを考えながら咀嚼し、次の客先でその情報をアレンジして伝えた。彼らは商売をやめることを考えていなかったから、私は少しでも感情的に明るい方向に思えるような話しを展開する。しかし私と同じようなセールスマンは、巷にはよくいるもので、客は呆れたような顔をしてその話しを受け流すと言った流れに終止した。私は自社に戻るときの電車の窓に、そういった行為についてを思い浮かべ、自分の力ではどうにもならないような事実を噛みしめながら、けれどどうすることもできずに三角や四角をなした窓の外の風景を眺めていた。そこには音楽が流れていて、昔聞いたことのある色々な歌の歌詞をたどりながら、見ていた風景とそれを取り巻いていた友達の姿を思い浮かべながら、家に帰った。手に持っている鞄が揺れていた。書類が口々に明日の行動についてをやかましく私に要求した。しかし私はそれとは取り合わず、会社の部長に直帰する事を伝え、それについてのさまざまないきさつをひねり出しながらアパートのドアを開けて携帯の通話を切った。


3
夜の闇の中で、売り上げについてを思い浮かべる。私には今月ノルマを達成することはできないだろう。部長にも合わせる顔がなくなる。部長は、私を解雇するかもしれない。この間部長が私を忌み嫌っているという噂をどこかで耳にした。私は最近、麻薬の取引に手を出した。商品としては利益率は高く、しかも誰にでも楽に裁ける代物だった。わたしはインターネットを通じてこれを販売しようと目論んだ。会社を解雇されてもこの方法を使えば、しばらくは食いつないでいけるようにも思えた。粉をメール便を使って送れるように薄い容器に入れると私の鼻をその匂いが掠める。それは長い間、世界中の人間たちを蝕んできた、悪魔の薬であることを私にわからせた。私は今日もベッドに深く身を埋めて、何も思うことなく眠りに落ちていく。今日もコンビニで何個か注文の主に送ったばかりだ。2ヶ月ほどそんな商売をはじめて、今では仕事をしているときとは比べ物にならないほどのお金を手にしている。今月の成績次第で、部長は私を解雇するように思えた。私は自分が麻薬の常習者にならないことを深く願いながら眠りに落ちた。



散文(批評随筆小説等) 夜の取引 Copyright 番田  2010-11-21 03:10:56
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