酔歌 - 1 / ****'04
小野 一縷

冷たく重い油膜が 舐めるように
横たわる裸の そこかしこを
ゆるゆると 圧迫してゆく

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細やかに泡立つ銀色の音像から 油色の真空の中 
混沌とした精神の渦中へと 流れ出す音色は白金

現れる一つの音の波紋を 内側から
もう一つの音の波紋が 追い越して 
振り向いて触れ合って 抱き合って融合する

寒波の怒号と吹雪の吠鳴がぶつかり
刺さり合い砕け合う衝撃波
午前二時四十三分
夜風が飛沫と飛散する

降りしきる酸の雪の中 
遠吠えする野性の熱気が煙る
それは もう一つの孤独へ向けての
求愛行為としての 鋭利な叫び
倦み過ぎた寂莫という劣情

臓内に時折黒く発熱する
瞬間的痛み 孤独に欲情する知性が
いつの間にか鎮痛剤として全神経中に
弱電気信号の往来を緩やかに変速させていた

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一列の数字が素早く 左右に進行しては戻って 振動
微細な稲妻が目蓋の裏に 幾つも連結して 
眼球の奥から こめかみを 快楽の雨と 千の針の微塵
目蓋の中に 泉のように破れて 黒い瞳は 滾々と黒々と 湧く 

・・・さて 今夜だが 

こうしてまた扉は開いた

「部屋に入ると 暗闇は黒い鳥になって飛んでゆく 飛んでゆく」

                        ラム ダス

ああ・・・ 
彼の言う通りだ
空白という白い鳥が 今 ゆっくりと翼を広げる
そして 黒は瞬間一点に飛び去り 白が全方位一斉に飛び上がる
一つの終りと 合わせ鏡の 一つの始まり 光と影の反転
日常と非日常の境界面に映る罪が法の女神の性欲に昇華される瞬間 
その沸点 午前三時九分

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深呼吸の深さで 煙を吸い そして吐く 
一斉に 黒々とした瞳の探究者 純心とも呼べる好奇心が 
広大な記憶の平野に 光の雨と放たれる その雨粒が滑走してゆく
彼等は皆 喜びの歓声を 高々と掲げている

記憶の経路は あらゆる時間地点から あらゆる時間方向へ向けて
跳ね返る木霊ように 次々と現れては 消える 

一羽 脳裏に輝く伝書鳩が ずっとずっと滑空してゆく
巡る季節風に逆らって ずっと遠く 
針のように 時の流れを 貫いてゆく 

さて
次は いつ頃の思い出だろう・・

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そうやって ずっと過去へ向けて 先走ってきたんだ
誰もいない いられない 真白の砂の平原
ずっと 彷徨って ここへ来たんだ 
真白な空白の全景に遠ざかる透明な空の真下で いつも
そしてここから 

ああ 

それは 何度目の「此処から」だ?
まだ飽き足りないのか ぼくは
「旅立ち」 その出発点を 繰り返し刻むことに
出発は やがて 出発へ辿り付く 回帰だ


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記憶細胞の死滅 その結果には驚いた
何か 保持していた何かが 零になるんじゃない 酷く最微分されるんだ 
その記憶の迷妄 彷徨いは惨酷に 
君からの 大切な答えの選択肢を 狂った鼠算で増殖させる 

藍黒色の洞穴に吸い込まれる多くの景色を纏った風の群の轍を
闇雲に 過去という進行する零以前の意味合い その純潔がなぞる
明らかに 毀れてゆく 当てはめる言葉の無い過去の精度 
その尺度だけでも せめて記そうと こうして夜を寝ずに過ごす

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歪にしんしんと輝き出す 仄かな光 
そんな雪のような 冷たく澄んだ白が
無色で汚されては ・・・海

「海だ」

・・・波の音が聞こえる 遠く 海鳥が一羽
銀に輝く波打ち際に沿って 低空を飛ぶ 
波飛沫を羽根で弾いて 海岸線をなぞって 低空を飛ぶ

その雫が還る海 その海と抱擁する大地

染み込んだ水は回帰する 昨日のスコールの 一滴になって

失った 過去は 蘇らない ただ 元の場所に還ってくる

過去をトレースする為に 

明日は 夕立

しかし 此処には

不協和音しか もう聞こえてこない

無色しか 此処にはもう見えてこない

次 次 次 次 次 ・ ・ ・

次の瞬間が 時間より一歩速く 張り付いては破れてゆく

その時間の通過する感触 

限りなく透明な柔らかさ 音を伝導する気体の密度

今 ここにいるが

もう

ここには これ以上 いられない

時間の表層が膨張して 次の瞬間に 

追い抜かれる

息苦しさが 不安となって走る

さて 薬の時間だ

その後 少しだけ 眠ることにする

まだ明日は 今日の ずっと遠くにある

その間 少しだけ 眠ることにする

体内で刻まれる 時の脈拍は 今のところ正確だ






自由詩 酔歌 - 1 / ****'04 Copyright 小野 一縷 2010-11-18 01:53:35
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