交錯詩「月」 フライハイ/森川 茂
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交錯詩「月」 フライハイ/森川 茂

       奇数行:フライハイ
       偶数行:森川 茂


眠られぬ夜 見上げる空

自然なんてさして美しくもない、と

歪な形に鈍く光るその衛星

吐き捨てる白く映る影がひとつ

有史以前から其処にあって

まるでアザのように

わたし達の星の周りを公転し輝き続けた

闇に光る滴のように

陽の光を受けながら

誘い、狂わせる真夜中の祝祭は

この星で起きた愚かな戦いや殺戮の歴史を

夜灯を持った白むくの狐の嫁入り

何も言わずにただじっと見つめ続けてきた

泥沼のぬかるみを掻き分ける

アポロ計画より少し後に生まれたわたしは

悲しい目をしてこちらを見ているのは誰?

初の地球外天体の映像に間に合わなかった

何かを忘れた

様々な顔を持ち

思い出せないけど何かを忘れた

気紛れに見えて規則的に満ち欠け

この器に何を盛るつもりだったのか

満月の夜はドクター・ジキルをハイドに変え

路上で歌っていた幼い少年は

狼男まで出現させるという

一握りの愛にありつけただろうか

そう 眩し過ぎる太陽の下では

放浪する鴎は大気圏を倦み

ジキルはハイドにはなれない

ただ夜の訪れを待っている

満月の夜に犯罪を増やすと

言葉たちは覚醒と沈静を繰り返し

何もなかったかのような顔で再び欠け始める

空っぽの郵便受けに

その惑星は潮の満ち干にも関係があり

吸い取られていく

月経痛や出産のタイミングまで司るという

草むらが踏み固められ道となり

そこから見るこの奇跡の星はどんな風?

ケモノと旅人がすれ違う

蒼く美しいのか

霜柱を踏み潰して進む

それともやっぱり戦火に穢れているのだろうか

粉微塵にされた眼前が

そして人間の愚かさを 欲望を

朝焼けとともに空いっぱいに

あなたはせせら笑っているのでしょうか

広がってゆく まわってゆく

眠られぬ夜 今宵も月を見上げてみる

小さな墓が生まれて

それがあまりに美しいと どうすればいいのか解らなくなる

地中から蟲が

そう きみに会いたくなる

夜闇を戒める、泣かない、悲しまない

慌てて車のエンジンをかけようとするけれど

慄然と存在する

もう二度と会えぬ約束を思い出しては部屋に引き返す

ひとりあることの悲しみに浮かぶ眼を

いつも一緒に月を見上げていたから

モルヒネに浸す

月を見てもきみしか思い出せないんだ

身が固まってゆく

きみの方が少しだけ夜空に近かったよね

柔らかかった肉塊を固く硬直させてゆく

わたしは真冬の冷えた月のように冷たいから

いつか死ぬ母の背中から

春の木漏れ日のようにほんのり暖かいきみに

上ってくるものは

到底 相応しくはなかった

約束されない満ち干きの

今はもう 夢の中ですらきみには会えず

軌道を辿ってやってきた

いつか一緒に見た三日月にわたしはひとり腰掛け

私が待ち続けていたもの 蜻蛉の一命

眼下に遠くきみを見ている

いっ時ひとつになろうとも

会えなくなって 年月が経って

煙となって上ってゆく

きみが幸せであるよう 涙で月に祈るしか術はなく

先へ先へと押し出され

会えないけれど あの日見た月を

私は私でなくなってゆく

それぞれの場所で 同じ月を見ている

ピリオドに向かって放たれたものの宿命だから





自由詩 交錯詩「月」 フライハイ/森川 茂 Copyright within 2010-11-16 18:06:30
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