褪せてゆく秋の或る一日
吉田ぐんじょう
・
朝
凍ったような青空の中を一艘の船が
西から東へ進んでゆくのを見た
おそらく西に沈んだ月を
東の定位置へ戻す船なのだろう
さざなみが白く航跡を描いて
航跡はそのまま雲になり
また今日がはじまる
・
このごろの陽気のためだろうか
掌の真ん中らへんが擦り切れて薄くなり
だんだん穴があいてきた
ハンドクリームを塗りこんでいるのだが
まるで紙のように
がさがさ音を立てるばかりで
一向に穴は塞がらない
修繕するのも面倒だし
そのままにしておいた
ある日のこと
掌の穴から何かがぽとりと落ちた
拾い上げてみると
くしゃくしゃのルーズリーフだった
なんとなく覚えがあるこれは
思春期の頃に書いた手紙だ
あのとき
あんまり強く握りつぶしたから
掌の中に入り込んでしまったのだろう
改めて読み返したくもなかったから
こよりのように細くよじり
また穴の中に落としておいた
こつん
と小さな音がして
すこし胸が痛んだ
・
ふと油断すると
なんにでも枯れ葉が舞い込んできていやになる
煮込み料理の中や
お湯を満たした浴槽や
下着の内側や
開いた文庫本の間や
スリッパの先端などに
気づくと枯れ葉がいっぱい混ざりこんで
かさりかさりと音を立てている
よじれている枯れ葉はどことなく
何かのぬけがらのかたちに似ていて
拾い上げた指先に力を込めると
容易く風に溶けてゆく
・
夕暮れ
町はビルも樹も電信柱も
顔のない影へと変わってゆく
歩いているひとびとは
よく見ると
生身の人間から切り離された影法師で
彼らは音のない道を
ぺろぺろと踊るように進んでゆく
空には
アルミホイルで作ったような
満月が昇りはじめ
路傍のそこここには
影法師の持ち主たちがひっそりと横たわり
街灯がぼんやりと光を投げかけている
わたしの足裏からもじょじょに
影法師が剥がれてゆく
明確で透明な感触が伝わってくる
また今日が終わってゆく