れきし
高梁サトル


或るあさ、
女は目に涙をため
「わたしにできるせいいっぱいをつづけていきます」
と言った
聴衆はそれぞれ自分に都合のよい欲望を見出し
彼女に拍手喝采を送った

或るひる、
女は目に涙をため
「つぎのせんきょまでしなないでわたしをささえて」
と言った
老夫婦は腐った蜜柑の皮を剥きながら力なさげに
彼女に深く頭を下げた

或るよる、
女は目に涙をため
「ほんとうにこれでいいのだろうかとなやんでいる」
と言った
部下は名刺の束を肩書き別にパソコンに打ち込みながら
彼女に微笑みかけた

「いいのです、あなたはとくべつなのだから」
そしてハンカチを差し出した
濡れてもすぐに乾くので洗濯する必要がなかった


彼女の人生は
大声で話せば演説になり
大勢に認められれば思想になった
大量生産されれば商品になり
それを売捌く商店は栄え
向かいの商店は潰れていった
彼女の口癖は「正義」だった


或るひ、
女は目に涙をため
「わたしこどもがうめないの」
と言った
六年後見合いをし玉のような女児を授かった
皆口々に
「おめでとうございます」
と言った


歴史とは
自伝に残らないこころで
成り立っている


自由詩 れきし Copyright 高梁サトル 2010-11-12 21:54:25
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