クソ野郎ふたたび(逮捕1周年記念)
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屈辱

リンゼイ・アン・ホーカーという
うら若いイギリス人女性を殺害した市橋達也を
警察が取り逃がして2年半余り
深夜の住宅街をシンデレラよろしく裸足で逃げた
若き変態の行方は杳として知れなかったが
このたび名古屋で足取りが掴め
数度に渉る美容整形までしていたと顔写真が公開された
先月末に撮られたのだという

等身大パネルまで作り、指名手配写真に女装まで施しながら
実績を挙げられず、こうして裏をかかれていた警察が
内偵捜査に業を煮やして大衆の眼力に再度すがるべく
迅速な公開に踏み切ったというのが正直なところだろう
据わった目つきの左右アンバランスと分厚い唇が何とも陰険な
自己完結型の面相で広く知られていた、この医家の歪んだドラ息子が
180センチの長身で無一文にも関わらず
千葉から東海へ逃げ延び得たという事実
今回の近影が県警の捜査ではなく、
病院からの通報によってもたらされたという事実
これでとうとうこの卑劣なクソ野郎が
網の中へ入ったという慶賀はさておき、
二重まぶたと隆鼻手術の上に頬や額、下顎にまで手を入れ
ご丁寧に眉のラインも下げた顔貌が髪型まで含めて
若き日のトム・ウェイツにそっくりなのがショックである
おまけに実際は顎髭まで生やしていたのだと言う
もしかしたらこいつもファンなのかも知れない
とは考えるだに不愉快だが
音楽的嗜好は自由であるし
でなきゃとても思いつかない顔の造りだ
かてて加えて昨日知ったが、
唐沢寿明主演の民放ドラマのエンディング・テーマに何と
「トム・トラウバーツ・ブルース」が使われていた
安っぽいお手盛りドラマなんかによく
あの御大が使用許可を出したもんだと
許し難い冒涜に忸怩たる思いをした矢先の今日だ、
こんな偶然ってあるのか
一体その意味するところは何なのか
まさかブームではあるまい
タイアップしたからと言って
日本の市場でリバイバルを期待できるほど低劣な歌ではないのだ
まー若干の印税は懐に入るだろうが
顔の無断借用はどーしてくれんの
返す返すも市橋許すまじ
                     
2009/11/06




 市橋Part2

青年はヒクイドリの顔をしていた
くずおれた女に屈み込み、
尚も頚部に圧迫を加え続ける
何故ならこの青年は
所有欲と人命とを等価交換する
1発の射精の為に他者の存在を、その生涯を
消費するのだ
何故ならその脳には自他の相対性が存在しない
何故ならその脳はついばむことしか理解しない
快・不快だけを規定する、極く小さな活動域だけが
熱した小石のように赤い
それだけが、彼のレゾン・デートルに照応している
白亜紀への退行に、言語は交錯しない
啼き声と羽ばたきと
鱗状の肢、鉤爪と唾液
それだけがある

数分の内に事実は流動を止めて氷結する
するとトリ男の頭蓋に堰を切って言語が流れ込む
市橋達也は自転車に乗って
ホームセンターヘ園芸用土を買いに行く
依然としてヒクイドリの顔をしているが
姿も挙動も人間なのだから
当座はバレない; 浴槽を外してベランダに置き女を入れる
バレても構わない; 土を満たして先の筋書きを考え始める
何故ならこの脳には
自己保存欲求しか存在しない
何故ならこの脳
斧を捨てて走り去る人殺しの物だ

肉親の嘆きは2通りあり
2か所で発生し
2極化して対立する
加害者側と被害者側の断層が決して埋まることはない
それは殺した側と殺された側
生者と死者の断層だからだ

にも関わらず、逃げ延びた市橋は新しい人生を仮装し
その人生に飛び移り、生き延びようとして来
依然とそうし続けている
恐らく咄嗟の失念に対応すべく
同時代のアイコンとしてインパクトのある
オリンピック金メダリストからつまんだのであろう偽名を使い
あまつさえ土木作業の道義づけに、
ひきこもりで迷惑をかけた親への改悛ストーリーさえ捏造して
その男を生きている
自分の殺した人間が生き得た2年7か月間を想像だにしない
それは自分が2年7か月前に行なった、
許されざる行為を肯定し続けるがゆえである

何故ならこの脳は
現実認識を軽く飛び越えエゴに生きる
人間という籠の鳥でありながら
いまだに原始の空を飛び回っている
何故ならこの脳
食って寝てまぐわうだけで足りている
感応性なき指先大の自我で
全世界を充たして生きているのだ
こいつの語彙はただ1つ
「I, I, I,(アイ、アイ、アイ)」 これだけ
それはもはや言語ではない
啼鳴に過ぎない
                     
2009/11/09




 11月10日日記

午後7時過ぎ、
市橋達也が大阪で確保されたとのテロップが流れ
ややあって森繁久彌が96歳で死去とのテロップ
昭和の俳優また一人消ゆ
なのだろうが私にとってはよく同僚と「まだ生きてんの?」と、
森光子と並んで笑いの種にしていた老人が
長過ぎた生からようやく解放されたというだけのこと
誰しも頭が猿に
体が骨格標本に近づくほどには生きていたくないものだ
特にばあさんの方は、
文芸大作で主役を張れた格上女優が次々と死んだ為に
いつの間にやら「大物」へ繰り上がった、泡沫劇団出身の
テレビ女優に過ぎない
演技力と存在感でお呼びがかかる女優は、
奥様番組の司会などしなかった時代だ
今でもそうだろう

それからTとご飯を食べに出て
雨に濡れて帰宅後テレビをつけると
移送の新幹線こだま11時45分着を待ちかねヘリまで出して
東京駅18番ホームはどこから湧いたか報道陣
連結部の多目的室とやらに隠蔽された凶悪犯をひと目見んと
雲霞の如し
一般乗客を降ろしてから尚も10分、20分、
先頭車両の16号車から降ろされた市橋は
黒いジャケット様の服を肩までかぶせられ
尚も上背の勝るガタイの刑事に守られてホームに出たが
規制線を踏み越えた報道陣が殺到し、
たちまちもみくちゃにされる
周囲を取り囲んだ警官を押しのけて
スクープを狙うカメラが我勝ちに飛びかかり
さしもの弁慶刑事も
抱き寄せた容疑者の頭を片手でかばうので精一杯
制帽の縦列が前後左右から押しまくられ切り崩されて
暴徒の黒い頭に埋没する

この狂態はビートルズのドキュメンタリー映像を髣髴させないでもない

揺られ、小突かれ、
その度に黒い布にすっぽり包まれて小刻みに傾ぐ頭部が
映画「エレファントマン」を想起させた
丁度、主人公ジョセフ・メリックが蒸気機関車から降り立つシーンが
それだ
と考えながら見ていたら
この大混乱の中で「キャーッ」という女の叫び声まで上がったのだった
実に、エレファントマンにもそんなシーンがあったのだ
肉腫で巨大化した半身を曳き曳き、
頭にかぶったずた袋に集まる好奇から逃げようとしたメリックが、
前方に入って来た幼女を倒してしまう場面の通り

こうして罪科に見合った牙を剝く、
報道の権利と義務を標榜してやまぬマスコミの餌食になりながら、
あの袋の中で彼は一体何を考えているのだろう、と思った
今はリンチも辞さないメディアの大群に包囲され、
護衛の小さな輪の中でようやく守られた人身御供の如くであろうとも、
階段を下り護送車両に乗れば、
誰にも手出しはされぬ犯罪者として
堅固な牢に守られ法に守られ、
尋問と裁きを待つだけの身となれる
とにかく逃亡の日々は終わったのだ、断罪と贖罪の明日が待っている
恐らく今日は*よく眠れるのではないだろうか、などと

ところが秩序の保たれていた筈の出口でも
機動隊が必要なほどの有り様となった
「オシヲタカソーのりピー」の送迎場面では大人しく引き下がっていた
報道陣にまたもや人楯を押し潰され、
あまつさえ公権車両の口を塞がれ、もみくちゃである
すると、日本テレビの「ZERO」が早速、
布の下から顔を狙った独占大スクープを開陳に及んだ
逃げおおせた人殺し
変態性欲の怪物
悪鬼の如きその面貌は
あり体にうつむいた、弱々しい若者のそれでしかない
この撮影の瞬間は少なくとも、禍々しい、暴力を厭わぬ欲望は
シャッターを切った人間の側にのみ存在したことをも
それは見事に「激写」していた

大衆の「知る権利」を代表すると報道機関は自負する
それで加害者の実家に電話して瞼の母から涙声の「自首ノスゝメ」を取り
取材攻勢で引っ張り出した両親を雨中に立たせ謝罪コメントを取る、
幾度も私費で足を運び、日本人に捜査協力を呼びかけて来たホーカー氏を
同時通訳と音声の不備で2度も同じ質問に答えさせ
長々と電話口に拘束する
それもいいだろう
我々大衆は市橋達也の残忍性を憎み逮捕を待ち望んでいたし、
その実現を寿ぎもする
整形の顔写真におぞ気をふるい、
犯行事実と逃亡生活の経緯が明らかにされるのを望む
しかし誰一人、自ら品位を貶めて
彼を私刑に掛けようとは思っては来なかったのと同様
いずれ警察署で撮られ公開されるであろう彼の最近影を今、
是が否でも覗き見たいとは欲していない
何故なら
黒い上着をすっぽりかぶせられた捕縛の現実だけで足りているのであり、
我々の好奇心は既に、供述調書と地裁法廷へ移行しているからだ

加害者の人権云々以前に、
自己防衛の為に遮蔽物へ暫時隠れる権利を
好奇心ゆえに剥ぎ取って構わぬという論理へジャーナリズムが暴走する時
その高踏的自己存在理由は、
スカートの中のプライヴァシーを侵害し蹂躙する盗撮犯の利己に
堕ちるのである
そして品位なき報道はこうした既成事実を重ねることで、
大衆をして品位なき欲求へと煽動しもするのだ
ちょうど、政府の言論統制と国民のヒステリアにあっさりと迎合し、
ヴェトナムに於ける視点とウォーターゲートの栄光を
嬉々として捨て去った、9.11後の米国ジャーナリズムと同じように。
戦時に大政翼賛の広報を担ったメディアの反省が生きているのは
NHKだけと見え
予算不足で人海戦術に出られないのであろうテレビ東京と共に
プラットフォームの乱痴気から数十メートル引いた位置で
節度を示していたのが何とも象徴的である
朝日・読売・毎日は知らないが、
この三大紙はいずれも系列テレビ局を有しているから
まさか明日の一面に黒布を刷ることはないだろう
「ファンにひと言!」を錦の御旗に
獲物に飛びかかるスポーツ紙、女性週刊誌に準じた各民放の
お茶の間ジャーナリズムは、
こうして甚だ醜悪かつ危険な臭気を醸している
                      
2009/11/11


                                        
*実際には、逮捕後の彼は不眠をかこち、半月間ものハンストまで敢行した由でございました。Gosh、




自由詩 クソ野郎ふたたび(逮捕1周年記念) Copyright salco 2010-11-10 20:38:44
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