おじいちゃんの夢
ブルース瀬戸内

うちの隣に住むおじいちゃんが
サッカーボールを蹴っています。

知識と静寂が横溢する図書館の
それはそれは白い壁に向かって
夢を思いっきり横溢させながら
サッカーボールを蹴っています。

おじいちゃんの果てしなき夢は
次のサッカーワールドカップに
日本代表で出場することです。

「無理という奴が無理なんじゃ」
と不可解なことを口走りながら
サッカーボールを蹴り続けます。

おばあちゃんはこたつに入って
おじいちゃんのビデオを見ては
「若い頃からかっこいいわねぇ」
と、嬉しそうにつぶやいきます。

そのビデオにはおじいちゃんが
ワールドカップで活躍する姿が
はっきりと映し出されています。

おじいちゃんはボケてしまって
とっくに夢を叶えていたことを
忘れてしまっているようでした。

そして、夢が叶う前の志だけを
しっかりと記憶しているのです。

おじいちゃんの蹴ったボールは
壁の一点に正確に当たり続けて
白い塗料が剥がれ落ちそうです。

真っ白な記憶に残ったかすかな
一点の思い出を手がかりにして
昔を思い出そうとしているのか
おじいちゃんは集中しています。

オレンジ色が広がる時間になり
おじいちゃん大のシルエットが
輝くような夕焼けを背景にして
鮮やかに浮かび上がってきます。

おばあちゃんはこたつから出て
おじいちゃんが無性に大好きな
大根のみそ汁を作りはじめます。

おばあちゃんはおじいちゃんの
喜ぶ顔を思い浮かべては笑って
気づいたら涙を流していました。
素敵な人生を本当にありがとう。

おじいちゃんは腹が空いたのか
それとも記憶が戻ってきたのか
蹴るのをやめて夕焼けを背負い
おばあちゃんのもとへ帰ります。


自由詩 おじいちゃんの夢 Copyright ブルース瀬戸内 2010-11-09 02:19:07
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