人魚の名残
高梁サトル


図書館へ向かう碧いスロープの
脇に咲く珊瑚の合間を縫いながら
ゆらゆらとスカートの尾ひれを漂わせて
記憶の深海へと迷い込む

見たこともない
七色の藻屑を拾い集め
繰り返し剥がれ落ちる内側に落として
耳を澄ませる
ふいごから漏れるさざ波の倍音が
幾重にも
瞼に圧し寄せて

耳鳴りに掻き消されたしろい手は
花のような
蝶のような
表情のないいのち
季節を揺らすひとひらのゆらめきが
隊列になってゆく
聞き覚えのある
踵に鉛を埋め込んだ軍靴の音
膨大な反復の記録だけを残して
流れてゆく漆黒の影
先頭の音が遠ざかるほど
浮力を得る身体が
茜色に染まった水面に
小さなふくらみを晒す

 あぶくのように溶けて 消えてしまうくらいなら
 
 丘に上がればいい 海の藻屑になる前に
 
まどろみの表紙を閉じれば
窓際の水槽に黒い尾ひれが揺れる
かび臭い空気を胸一杯に吸い込んで
立ち上がる
私が今
どんな顔をしているか
あなたの声で聞きたくて
脱げかけた革靴を踏みしめ
海を後にする


自由詩 人魚の名残 Copyright 高梁サトル 2010-11-08 21:57:39
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