喪失感は地面を掘っていって
乱太郎


瞼の奥で失っていたことに気づく。しかし、
それが、髑髏を巻いていたひと夏の感情だ
ったのか、それとも、行きずりの女が床に
棄てた水着の匂いだったのか。朦朧と立ち
込める喪失感だけが、ドラムを叩いて意味
不明の歌詞で熱唱している。

(海の底では蝉の死体が
亡き母の乳を吸っている)

黒衣のモーツアルトが橙色の蝋燭で街を照
らしているのに気づく。怒鳴り声。空を切
断するような悲鳴が、避雷針に飛び掛かる。
モーツアルトはそんな事にはお構いなく、
いや、薄ら笑いしながら、黙々とこなして
いく。まるで真夏の夜のレクイエムを聴か
せるように。

(空の洞窟では生き返った三葉虫が
 薄っぺらな時計盤の上を這いまわっている)


   *


真夏の気だるい熱射は
僕の海を乾涸びさせてしまった
鱗のように割れた地面に
息が絶えそうな魚たちが転がっている


   *


ごぼうの根を掘り出すように、掘って。掘っ
ていって。土の匂いに、汗が焦げ出して。埋
まりそうな位の穴が出来て。縄文時代の土器
を当てたような興奮で、手にしたものが、自
分の虚しさだったら。

僕は不思議の国のアリスに会えた気分になっ
て、そこで眠ってしまうかもしれない。


自由詩 喪失感は地面を掘っていって Copyright 乱太郎 2010-11-05 17:39:15
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