泥が流れる
紀田柴昌

泥が流れる
下流へと流れる
底へ溜まり 澱み始める
蒸留され さらに濃く深くなる

気づいたときには 頭まで埋まっていた
見上げると そこには澱みのない
 美しい水が溜まっていた

手を上げれば 届いてしまう
手を上げて 触った瞬間
 雨のように降りそそいだ
  底の泥を薄め流して呉れた

ような気がした

だけど 僕は 手を挙げない
僕には 挙げるべき 手がなかったのだ

僕は 跳ねる
天井の水溜りに触りたいがために 跳ねた

跳ねた、跳ねた、跳ねた

体中に 泥を塗しながら 跳ねた

でも 届かない

懸命に跳ねる、跳ねる、跳ねる

息も絶え絶え
目も見えず
もう跳ねる力もつきかけてきた

絶命 絶命する      その瞬間

天井の水の溜まり場から
ひとしづく 水滴が 舞い降りた
底の泥水が 清浄な湖畔に見えた

僕は ゆっくりと 身体の力を抜いた

天井の美しい水も、底の泥水も
清浄な湖畔も すべて消えていた

いや、もともと そのようなものは無かったのだ

僕は 無な世界に存在していた だけだったのだ

最期に そっと見えない目を 閉じた


自由詩 泥が流れる Copyright 紀田柴昌 2010-11-03 06:04:44
notebook Home 戻る