☟ダブルアカウント・猿子と流砂子☞
salco
猿子 「詩はお肌に良くないですね、髪は速く伸びる気がするけど」
流砂子 「そうね。あたくしの主人は詩なんぞ解さないへっぽこですから、あんなに眉が薄いのだわ。気味が悪いくらい」
猿子 「智恵子抄なんか読んでいる内が華でしたよね」
流砂子 「本当に、あの頃は気楽でよかったわ。“エエスをねらえ”なんか観て」
猿子 「私も観てた。お蝶夫人が何ともアダルトで。どう見ても高校生じゃない。何回留年したんでしょうね」
流砂子 「小腸を無視した胴体がまたね。神和住*なんかもう見るだにガッカリで」
猿子 「一種の現実逃避で」
流砂子 「創作なんてそんなものでしょ? だってほら」
猿子 「まあすごい。私なども座ってばかりでもう、鼻毛ボーボーで」
流砂子 「あたくしだってほら、もみあげがもうこんな」
猿子 「すごい。もう少しで結べそう」
流砂子 「ユダヤ教の伝統派みたいな風貌の女が、今じゃ普通だもの」
猿子 「でも他人の詩を読むのは疲れます。寝しなに10人くらいの声が代わる代わる耳の中で喋るんですから」
流砂子 「あら、それは病院に行った方がよかなあい?」
猿子 「いや神経が立っているだけで。今さら智恵子症になる心配はないと思います」
流砂子 「油断大敵よ。耳毛が生えたら困るでしょうに」
猿子 「ああ。おじいさんみたいな? 耳が白樺林立に」
流砂子 「そうよあなた。馬鹿にならないのよ、冬には霧氷が付くと言うじゃないの」
猿子 「いやー、軽井沢一帯は戦後コクドが買い占めましたから。耳は大丈夫でしょう」
流砂子 「あらやだ、猿子さん目やに」
猿子 「あ、こいつは失敬。昨夜カレーライスを食べたせいかな(ごしごし)。何かその、圧力鍋買ってから煮込みばかりで。蒸気爆発が怖くて無圧でやってますけど」
流砂子 「まあ怖い。圧力って何でも無粋なものよあなた。一流シェフや料理研究家で、圧力鍋使う人なんか聞いたこともないわ。……でもあれね、このホーラムって、何だかややこしくなあい?」
猿子 「ああ、色々な心が寄り集まってますから。恐山みたいなもんで」
流砂子 「何て言うの? ドッグラン? いま流行りの出会い系サイト、てのかしらねえ」
猿子 「ある意味、普通に道歩いているより無防備ですからね、頭の中さらしている方が」
流砂子 「噛み癖のある犬だっているでしょうよ、病気うつされたら嫌よあたくし」
猿子 「それはないでしょう、狂犬病は日本では根絶されていますし」
流砂子 「あら、だって会いたいとか言って来る輩もいるわけでしょう?」
猿子 「そりゃいるかも知れませんけど、適当にあしらって置けば済みますよ」
流砂子 「万が一、詩集贈りたいなんて言われたら、どう断ったらいいのかしら。目的は住所氏名でしょ? 要するに」
猿子 「そうですねえ。実家が古本屋だから書籍アナフィラキシー、とか?」
流砂子 「通用するかしら、そんな特異体質」
猿子 「んじゃ、親が詩の連帯保証人になってえらい目に遭ったとか」
流砂子 「あら。詩なんてそんなに深刻なものかしら」
猿子 「あー。全然」
流砂子 「労咳で死ぬ時代じゃなし。あれよ、おくびとかおならみたいなものでしょう?」
猿子 「そうです。本人にとって必要な生理で」
流砂子 「それじゃ尚更ハタ迷惑な場合だってあるじゃない」
猿子 「いや、別に迷惑でもありませんけどね。お互い様ですし」
流砂子 「じゃあ、あれかしらね。正直に、他人の詩なんかに興味ないと言うのが1番なのかしら」
猿子 「んー、私は興味ありますけどね。ただ詩集となるとね、自分で選びたい。本屋で」
流砂子 「でしょ? 結局嗜好ですもの各々の、価値基準なんて。お洋服と同じで」
猿子 「洋服ですか。ゴルチエとか好きですね、やっぱ。買えないのでスピリットだけですが」
流砂子 「あたくしはやはりクリスチャン・デオールかしら」
猿子 「ああ、華やかですよね。でもガリアーノは女を女優とか高級娼婦と見做したデフォルメが多い気がします。サンローランやフェレと違って」
流砂子 「それどなた? デオールよ、あたくしが好きなのは」
猿子 「ですからディオールの主任デザイナーで」
流砂子 「あら、デザイナーはクリスチャン・デオールじゃなくて?」
猿子 「とうに亡くなってますよ。1950年代に」
流砂子 「まぁ。知らなかったわ。それじゃHラインは」
猿子 「Hライン。随分古い話ですね。ファッションは多様化していますから、とうにラインという時代ではないですよ」
流砂子 「だってあなた、デオールはオーソリチーでしょうが」
猿子 「いや、時代は変遷ですからね。もうバッグも流行ってませんし、今は不況でプレタも売れませんから。あそこはボーテとライセンス物で稼いているだけですよ」
流砂子 「そのライセンス物って、何なの?」
猿子 「名義貸しです」
流砂子 「まあ。それじゃ偽物じゃないの」
猿子 「いえいえ、本家本元の承認付きですから。むしろテイストの頒布じゃないでしょうか」
流砂子 「だってあなた、本家本元のデザイナーが付けてこその味というものでしょう?」
猿子 「ああ。まあ、そうですが」
流砂子 「卑怯じゃありませんか、そんな頬かむりして稼ごうなんて」
2010/05/04
*神和住 純 … 昭和のテニスプレイヤー