サッカーボールと地球について
salco

台風10号が来て、レアル・マドリードが来た
大荒れと予報されていた今日は
夕方から静やかに晴れ
レアルは予定通り3‐1で勝ち、時化は太平洋沿岸だけ
夜中も大気は凪いでいる
私は王韮の古いCDを聴きながら
その天駆けるファルセットが伸びて行き
あの頃、自分の心を遠くへ連れて行った感覚を
甦らそうとしつつ
しきりと沖縄を思い出している
それから些事のいちいちに心を浮き立たせていた頃の
自分をぼんやり思い出すが
何の感懐も湧かない

可愛い姪に生まれた息子はもう6ヶ月を過ぎ
可愛い甥もこの5月に入籍して妻帯したと言う
人生は何という牢獄だろう
産卵したところで、死ぬまで誰も出られない
フィーゴだって華々しくボールを操りながら
ああして自分の檻に囲まれていたじゃないか
早く家に帰りたい、とか
あと何年現役を張れるのだろう、なんて考えながら

実現させた夢で大金を稼ぎ
世界中を巡ったところで、人生はうんざりものだ
誰一人、台風のように気ままには生きられない
何かを目指し何かを背負い、破滅を恐れながら生きている
その恐怖を忘れる為には何かに没頭せざるを得ないのだ
あるいは日常動作に埋没する事で自己をも慣性化しようとする
この、儚く脆い存在理由を
動作的消耗により強化して安堵を得る心理は
朝な夕な通勤ラッシュに貨物化し企業部品としての機能に生きる
その辺のサラリーマンと何ら変わりはしない
同じようなスタジアムで同じような投光と歓声を浴び
同じような矩形の芝生で同じように汗だくになって
息を切らしてボールを追い、勝敗の綱渡りに身を投じ続ける
レアル・マドリードという軽業剣闘士の巡業団
すべからく使い捨ての、機能的才人の寄せ集め
何が「銀河系」スター軍団なものか

ドームの天井画にあるような、神々しい昇天の至福は
一体誰が見て来たと言うのだろう
どこまでも高く和音を引き連れ上昇する妙なる旋律は
一体、高度何mで潰えるのだろう
ラの音を捕まえるのは、雲を掴むようなものじゃないか
見た事もない神の姿など、なぜ後世に伝えようとするのか
架空の定義に踊り、絵空事の喜びを追うのは苦しい
こんなものを刷り込まれているから人間は動物になれない
台風になれないのだ 


                     
2004/07/29




自由詩 サッカーボールと地球について Copyright salco 2010-10-30 16:47:17
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