あなたが求めたモノクロームの断絶
真島正人
……結局
そんなものはなかったのだと
あなたはため息をついた
底冷えのする10月
炎で焼かれたような歳月が朽ち果て
それが桟橋のように見えるとき
あなたはやっと暗室にいた
守られているかのような暗闇に
御伽噺をたくし
なけなしの財産をはたいた末に
手に入れたフィルムで
あなたは撮影した
夜の街を
夜の人を
夜の空気の中に粉になった言葉に出来ない悪寒を
そこから照射されるはずの
ほんの小さな爪あとのような
なにか
なにか
なにか
教え子になり教師になり
あなたが一生をかけて追い求め
また
その存在を知らず
仮にそれを昨日唐突に欲したとしても
それがまるで日常の中に潜み続けた欲求のすべての
出自であったかのように思わせられるなにか
を
撮影したいと思った
……
出来るはずだった
しかしあなたは
ため息をついた
※
戦争だった
ときめきだった
LOVEだった
なんて全部嘘だった
嘘ばかりの照射
照射
照射
そんな本当は
目には見えないものが
目に見えたと思うとき
目が何を見ているのだろう、気になる
そんな風にぶつぶつとつぶやくうちに電車を逃した
14歳のとき
空は凪いでいた
風も吹かなかった
冬枯れで
寒かったのに
空は凪いでいた
あの頃
確かにあの頃には
そんなもの何も
求めてなどいなかったのに
※
あなたの求めたモノクロームの断絶は
あなたには見えなかった
あなたはそれを一度だけ
目にしたのかも知れない
それを目にしたと「思った」ことが
あなたの神経細胞に
決定的な爪あとを残した
そのことのほうがよほど
重要だったのかもしれない
あなたがそれを追い求め
何とか言葉にしようとし
撮影したフィルムから
あなたは何も見ることができなかった
あなたが落ちたくぼみは
あなたを追い詰め
あなたを湿らせ
あなたを
子供部屋のたんすの奥底へと
押しやっていった
あなたは
思い出と現在を混同し
新しい絵の具を作って
塗り手繰って
塗り手繰って
塗り手繰った
あなたもまた
そのときには
照射していた
いろいろな光を
その光の粉は
私の目に焼き付けられ
不自然で
悲しい像を結んだ
あなたと私が
結ばれた瞬間だった
戦争なんです
ときめきなんです
LOVEなんです
幽霊なんです
船なんです
そこにいません
そんな
手紙の文句が
今頃になって私の唇からはみ出し
うずきのように
とぐろを巻いて
大地に根を張ると
あなたは体から振り絞るような声で
「思い出した」
と言った
夜の
飽和。
核拡散が
ゆりかごのように
新聞を揺るがし
人々もそれに釣られて
眠くなった
みんな眠っている街……
※
ずっと
経ってから
私は一人で
街を歩いた
時間はもちろん夜で
私の体は
うなぎみたいだった
とらえどころがなく
ぬるぬるとして
無意識で
ときおり不在だった
私はどんどんと体が
長く伸びていくのを感じ
うねうねとした
蛇行をして
この街のあらゆる通りを
過ぎていくような感じがした
耳たぶが熱くなり
イヤリングが
はじけ飛んだりまでした
私は
伸びきって
もうどこにたどり着いているのか
わからなかった
戦争だ!
ときめきだ!
LOVEだ!
群集が
若い潔い声で
そんなことを歌唱して廻り
私は耳の穴が大きく
大きく広がっていたので
その音で鼓膜がしびれた
鼓膜がしびれると
体中の器官が
痛んでくるように思われた
そのとき
私はもう私じゃなかった
私は自分の成れの果てが
あなたとは違い
(暗室の中で、小さく、小さくなっていった、あなた)
どんどんどんどんと
広がっていって
消えていくのだと
悟っていた
私は不平等だった
私は紙切れのように軽かった
私は
本当に私ではなくなるときにやっと
私を見つけ
私の傷痕に
セロテープを
貼り付け
私のおせっかいな耳たぶと喉だけを
上手にスイス製アーミーナイフで切り抜き
残った体から
血を吸い出して捨てた
※
そしてそのあとで
ありふれたことなのだと
感じた
※
でも、
なにが?