薄幸と的
木屋 亞万

寒くなってくると幸せが細く薄くなっていく
すこしずつ、少しずつ
朝と夜の冷え込みが幸せをすかすかにして
ちょっとした風や接触で
うすく、薄くなってしまう

何かの弾みに急に寒さが押し寄せてきたら
それこそ生命活動に支障をきたすくらいに薄幸になってしまう
もうそれが幸せと呼べるのかもわからないくらい

その平べったい幸せを執拗に狙い続けて寒さが攻めてくる
他にもっと厚みのある幸せがあちこちに転がっているはずなのに
薄く小さなこの身体の奥底深くにしまってあるささやかな薄幸めがけて
冷たい風が吹き込んでくる

涙を流してしまいたいほどにむなしい気持ちになっても
肝心の涙は目から出てこない
そんな薄っぺらな喪失感に
霧のような雨が降る、夜
わたしはどうすればよいのだろう
等間隔に街灯は立っていても
道がゆがんでいたらその均等さに意味はない

どの座布団よりも薄いこの幸せは
自転車で帰る暗い夜道にある街灯みたいなものだ
真っ暗ではない
たいして明るくもない
ぬくもりもやさしさもない
白い明かり

なぜ寒くなったら死んでしまう種になれなかったのだ
冬を眠ったまま越えてしまうこともできない

寒気の格好の的になる薄幸を
防虫剤の染み付いたコートの中にしまう
寒い中を生きていかなければならない
殺すつもりなら苦しまないようにやってくれ
そうでないなら
悲観的にならないで済むようにしてくれ

こころは薄くなった幸せの中で
とっくに押しつぶれてしまっている
さよなら、さよなら

秋に泣きたくなるのは
春の花粉の病とは似て非なるものだ
見ている景色の半分が死んでゆく秋
さよなら、さよなら

春にまた会えたなら
そのときもまた泣くのだろう
空洞の幸せをあたたかな空気で満たして
気球のようにふわふわしながら

それまでは
さよなら、だ


自由詩 薄幸と的 Copyright 木屋 亞万 2010-10-27 23:08:04
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