ライオンの爪あと
乾 加津也

 とぎすまされたナイフのように
 口元にはいつも
 ふっきれたような不敵な笑み
 藤木くんはそういうひとだ

二十歳すぎ
鼻と耳にピアス、眉毛なく黄金色の長髪をふりみだす姿はライオンのようで
「楽しければ明日(あした)死んでもいいよ」
「オレ つかまらなければ何でもやるぜ」
使えない
腐ったやつとは二度と口をきかない徹底ぶりだ

夜はコアバンドでうめくだけのボーカルだというが
彼が報酬を得るただひとつの方法は
とにかく人の倍はできると認めさせることだけなので
このためだけに全力で餌にむかう野生のにおいがした

4LDKの引越
現場で動くのは損だ
それでも馬鹿なわたしたち四人は
次の一服の自販機を賭けて
だれが最初にへたばるかを予想した
外階段を
気合の掛け声いくつもかぶせて駆け上がる
本能におもむく姿も猛々しく
これが 崇高さ? 汗は
かくより先に飛びちった

それがあるとき
車窓から
にやけた口元が鉛をはいた
「オレ このバイトしてるときだけホント人間だとおもうよ」
お客さまから心からの「ありがとう」をもらい
帰りのワゴンに揺れるわたしたちに
ひとこえ吼えたのかどうか

 そのとき
 彼の周囲は雪で覆われ
 爪の猛獣は
 たしかにわたしのだいじな喉元をひと裂きしたのだが
 (それが痛むのには時間がかかることもあるようで)

もちかえった廃材を片付け
詰め所のわたしは
今年も鮎釣り解禁を心待ちにする鈴木のじいさんと
あきもせず将棋盤に向き合うのであって



 今ならつぶやいてもいいかい
 もうとっくに
 君なら
 死んだ



わたしのまわりは今も狂ってるよ
(いわなくたってわかるだろう)
もうこれ以上
にんげん社会の差別の中で
不敵な笑みが
いたぶられないよう
いつも覚悟を抱えて生きた王者のたけりだけは
失わないでいてくれるよう
爪あとの
痛みだけおぼえて
君は死んだと言いきることが

君とすごした証のようだから



自由詩 ライオンの爪あと Copyright 乾 加津也 2010-10-27 00:44:57
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