結婚披露パーティーで読んだ手紙
服部 剛
今夜は、僕が特に親しみを感じる詩の友が集う忘れ得ぬ日なので、僕が最も大切な女と出逢った縁の糸を遡ってゆくことで、人と人の・・僕と彼女の出逢いの不思議を、思いたい。
’98年・2月、僕は初めてBen'sCafeの黒い小さな舞台の上に立った。今よりももっと拙い自らの言葉に、詩を読む僕と聞いている人との間に、距離を感じた。それでも僕は、詩という存在を棄てることはできなかった。あの頃から、今夜の幸せに至るまでの十数年の道程を、いつも姿の無い 詩 という友は、寂しがり屋の僕の傍らを、歩いていた。暗夜の道を歩きながら、胸の穴に吹き抜ける風に吹かれながら、僕は運命の女と出逢う日を知らずに、歩き続けていた。
僕と出逢うまでの間、彼女は両親の介護に追われ、一人夜の竹薮に車を停めて、涙で頬を濡らしていた・・・僕は、瞳を閉じる・・・夜の竹薮で泣いていた頃のあなたに・・・逢いにゆく。
僕は人前で最も多く読んだ「 空中列車 」という詩の中で( 21世紀よ、そ知らぬ顔の青空よ、愛する女の本当の抱きしめ方を、教えてください )と語った。その言葉がようやく、実現した。偽り無い思いであなたを抱きしめる時は、言葉にならない・・・本当に大切なことは、言葉にならない・・・一篇の詩で本当に伝えたいことは、言葉にならない・・・詩の仲間である僕等は、言葉にならない思いの為に、これからも詩を語るだろう・・・目に見える、文字の裏側に( 何か )がある。
今年の春の宵、僕は最も敬愛する作家・遠藤周作の青春の路地で、あなたに贈りものを、手渡した。その日の深夜、あなたは僕への愛を、たった一行の言葉で、打ち明けた。その日付は寄寓にも、遠藤先生の誕生日であった。鎌倉の家にあなたを初めて招いた夜、祖父の遺影をみつめていると、頭上の中空から(ひとしずく)の涙が落ちて来て、あなたの頬を伝った時、その横顔は僕にとって、世界の誰よりも美しく観えた。世の中には、確かに不思議なことがあり、親しい友の友情が、両親の愛情が、目には見えない風が、僕とあなたを結んだ。
今夜は、かけがえのない詩の仲間達の前で、僕等ふたりの幸福を分け合う夢のひと時を、過ごしたい。そして、敬愛する作家の墓前で互いの指輪を交換し、その遠藤先生と同じ日に入籍して、互いの手を取り、未知なる明日へと一緒に飛び込む思いで、僕と一緒になってくれたあなたに精一杯の愛情をこめて・・・この手紙を、贈ります。
僕等ふたりと、かけがえのない詩の仲間達と、今日来れなかった人でも、僕を友と思ってくれる全ての詩の仲間と共に、たった一つの幸福を目指して歩む詩の旅路が、今夜始まる。