創造妊娠
佐藤真夏


創造妊娠   よもやま野原

病院の二階の窓は三つとも開いていて、そこへ飛び込めばはらいたは治るかもしれなかったし痛い思いをさせるたくさんの穴を塞いでくれるかもしれなかった。息をするたびに体の真ん中では風が起こり、涙や赤いもので開け閉めされている器はたまに水に潜るとほっとした。
み、ず、と唇の先で言ってみる。水が、嬉しそうに揺れた。
泡をぱつんぱつんと吐きながら、み、ず、み、ず、と言ってみる。音が、耳の穴から出てきた。
奥の方で眠っていた声が寝坊した朝のように飛び起きて、やわらかい水と一緒に果ての方へと流れていく。は、て、と言ってみる。いつか果てが迎えに来るような気がした。
空っぽになった耳の穴には心臓の音がこてんと横たわり、ひとりで息ができないとお陀仏ですよ、というようなことを言っていたけれど、水面を探してもどれがそれだかわからなくて、そもそも水に面なんてあったかしらと頭の中を泳ぎまわっても水の顔を思い出せる気はしなかった。
そのうちに意識は体ごと下へ下へと引き寄せられて、息は苦しくなるばかりで、顔ってなんだっけ顔なんていらないよねとお経を唱えるように手を合わせてぶつぶつ言っている間にわたしは眠ってしまった。
    *
おへその辺りからすっと一筋、ひかる中空の管がのびていた。
お母さんを探しましょうね。
耳の穴で声がひそひそと鳴る。いいえ結構です、というようなことを言いたかったのに言葉がわからなくなったのか、声が出なくなったのか、わたしは小さな泡をぱつんぱつんと吐きだしただけだった。あららおかしいなと思ったときには身体は平らになり始めていて、耳、鼻、口、その他すべての穴も塞がり、もう呼吸をしなくても生きていけるのだと知った。
管は木星の輪にそっくりな様子でおなかのまわりを一周し、始まりに吸いついて離れず、朝と夜の混ざったような色をしていた。管が湿り始めると雨が降ったのだと思い、動くものがあればなかで星が流れたのだろうと思った。
わたしを取り囲んでいるのは紛れもなく水だったけれど、息のいらない今となっては空気との区別も必要なくて、外はあるようでないような絶対の自然、でした。五感を塞いで○(まる)を目指すわたしは、そうして残った自然の中をふわふわと漂う第六感そのものでした。
    *
一日のうち一度だけ、管が赤色に近づく時刻があった。
二十四時は必ずやってきて、水の顔を教えようとする。
こっそり指を生やして、目蓋を盗み、服を着せようとする。
風の気配がして、出口が見えそうになって、
はさみをもったお医者さまと目線が繋がりそうになる。
だから火を、つけてしまうんですよ。
毎日、架けられた梯子が燃えていった。
わたしはまわった。真っ白な灰が、雪のように降り落ちていく。わたしはまわりつづける。
一日に一度の自転、それがわたしの日課で、法則だった。


自由詩 創造妊娠 Copyright 佐藤真夏 2010-10-17 16:05:42
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